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スズキヨシカズ幻燈画室

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満月ノ晩ノ蒼色幻燈会 ... 始マリ始マリ

はなのえ

『花の絵』が描けない。

いちど、何処だったかの個展会場で、植物をこよなく愛しているのであろう方に「これは花ではない!」(なぜ僕は怒られたんだろう?)との指摘を受けた事がありました。

「そうなのです。」
僕は『花の絵』が描けないのです。

でもスズキヨシカズの日本で制作した作品を見てくれている方は「花、描いてるじゃない?」と言いますよね。

「そうなのです。」
僕は日本に帰国してからの展覧会に、ものすごくたくさんの『花の絵』を描いて出品してきているのです。

矛盾してますか?
「そうですよね。」
矛盾していますよね。

でも、矛盾しているんだけど、僕の中では整理が付いている問題なのです。(解決はしていない問題ですが、、整理はついています。)

僕が描いているのは『花』ではないのです。

僕は『花の絵』を描くことは出来ないのです。

花は絵に描けないですよ。
実物の存在自体があんなに美しいのですよ? 「描けませんね。」 僕には描けません。
同じ意味で僕は『風景画』も描いた事がないし、描けません。
存在自体が美しいモノを絵に写すというのは、とてもとても難しい事です。 突き詰めれば『花』や『風景』だけにしか当てはまらない事ではないのですが『花』と『風景』は特別に難しいと、僕は感じています。

僕は頭に残っている『花』のイメージをキャンバスなり画用紙なりの支持体の中(内)に発見して掘り起こすという作業でしか、その花を表現できないのです。

実際に生花を目の前に置いて写生する事もしません。

無作為に色づけされた支持体の中に、僕の頭の中に在る僕が知っている花のイメージが現れたら、支持体の中からそのイメージがカタチとなり可視領域に浮上してくるまで掘り起こし続けてゆくのです。

あくまで、僕の記憶の中に存在している花のフォルムだけを探し続けます。

だから、僕の描く『花』は『花のようなモノ』と言う事になりますね。

花びらの枚数だとか葉の形だとか成長痕(鉱物じゃないってば!)のパターンだとかが、、「ちがうじゃないか?!」と言われても、、それは仕方がない事なのです。
「僕にはそう見える」と言うだけの話なのです。

では、僕が考える『たんぽぽ』と『リンドウ』の花の絵をどうぞご覧下さい。

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            スズキヨシカズ絵画作品 『立ち姿 〜蒲公英〜 』

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            スズキヨシカズ絵画作品 『立ち姿 〜竜胆〜 』
by yoshikazusuzuky | 2011-02-07 23:11 | スズキヨシカズ的アート | Comments(4)
Commented by ひめママ at 2011-02-07 23:59 x
昔・・・ソシュールだったか(記憶が曖昧だが)、「言葉の意味するもの」と「意味されるもの」・・・といったようなことを勉強したか本を読んだような気がする。

私が赤い林檎を頭に思い描き「林檎」という言葉を発した時、聞き手は私の思い描く赤い林檎を思い浮かべるとは限らない。もしかして青い林檎かもしれない。林檎という名の犬かもしれない。とすれば、「花」は「こうだ」と限定することが出来るのだろうか。

植物をこよなく愛しているであろうその方のその時の気持ちを察することが出来なくはない。でも「花じゃない」というのなら「花とは何なのだろう」と聞いてみたい。

美しいその存在は、姿を変えて見るものの心に入り込むのではないかと思う。

Commented by yoshikazusuzuky at 2011-02-08 01:05
ひめママ さん、こんばんわ。

『ソシュール』、、。 「言語哲学者」、、でしたよね?

言葉の持つ意味、、と言うか
言葉を発することの重さみたいなもの(「みたいなもの」って何だ?)を常に感じているのです。

「こうでなければならない」と言う固定観念から開放されているコトだけが救いですかね。

意味不明な、僕の心の呟きです。

僕が強く強く念じれば、それはそこに現れるのです。
或いは、ずっとずっとそこに存在していたものを見ることが出来るようになるのです。(存在しているのに見えないモノってたくさん在る気がします)

魂の入れ物が僕のこの肉体であるように、美しいモノはフォルムを変えてあらゆるトコロに存在し得るのですよね。

「〜ではない」と言い切れる人は、「なぜ〜ではないのか?」を400字詰め原稿用紙でかるく30枚は書けてしまったりするのです。
そんな気がしませんか?(笑)

だから僕は微笑むことしかしません。

だって知りたくないもの、、何故「〜ではない」のかなんてね。

在るがままです。

全ては、心の中に在るがままです。

ひめママさん、コメントをありがとうございました!


Commented by もりた at 2011-02-08 14:12 x
最初この作品を見たときに
「なぜ背景がこんなに暗いのだろう」
と思ったことを記憶しています。

残念ですが私はいまだ花が美しいと感じたことがなく、したがってよく観察したこともありません。

ただ

よく観察している人
花が美しいという人

そいう人が羨ましくもあり好きでもあります。
Commented by yoshikazusuzuky at 2011-02-08 20:58
闇の中にこそ光が存在しているのだろうね。(すくなくとも僕はそう思っている)

僕は絵画作品の背景を作っているとき「滲み出してくる明かり」をイメージしているんだ。
ぼんやりと、かすかに、、、でも光はそこに存在しているの。

意識しなくともそこに存在しているモノ、、、。

それが『美しい』と言うコトかもしれないね。