ブログトップ

スズキヨシカズ幻燈画室

suzuky.exblog.jp

満月ノ晩ノ蒼色幻燈会 ... 始マリ始マリ

デウス・エクス・マキナ

空気の深と澄んだ夜空を巡る星々が刻々とその位置を変えてゆくのを見上げていると、まるで自分が宇宙の中心に立っているかのような錯覚を憶える。
古代ギリシャの哲学者たちやプトレマイオスが天動説を唱えたくなったのも無理のないことだと思いたくなるよね。
『天球』に包まれた惑星たちと地球。
そして地球がその世界の中心だ。
でもすごい考え方、、と言うよりも、すごい想像力だ。
夜空に見える無数の星々は天球に空いた細かな穴から天球の外の世界の明かりが漏れて見えている、、って。 そっちの方が天動説より何よりも議論したくなるよ。
「天球の向こう側の世界って、どんな世界ですか?」

『Deus ex machina(デウス・エクス・マキナ)』

まさに『機械仕掛けの神』が現れ、即座に解決してくれそうな議論だけれど、本気で信じると言う事はそう言う事なんだろうなと思う。 理解不可能な事象は不安の種だ。 しかし信じていられる何かの存在はその不安の種の発芽を遅らせてくれる。(遅らせてくれるだけで解決してくれるわけではないのだけれどね)

ちがうちがう。 こんな話をしようと思ったんじゃなかった。(笑)

『天球儀』の話だ。

a0199297_21532948.jpg理科室に置いてある教材の中で、いちばん「かっこいい!」と憧れに思っていたのが『天球儀』だった。
(もちろんアルコールランプやビーカー、フラスコなどの実験道具や人体骨格模型や鉱物標本や魚類、爬虫類のホルマリンづけの標本など、どれも僅差で同率一位みたいなものだけど、、)

小さな地球儀を中心に月や太陽の模型が配置され、天動説よろしくそれらを包み込む透明プラスチックの天球には星座、赤道・黄道が描かれていて天空の南極北極を軸に回転して星々の位置や運行を教えてくれる『天球儀』は、宇宙そのものの縮小模型のように見えた。

自分が地球と名前が付いた惑星に住み、こんなにもたくさんの星々が存在している宇宙の中に含まれているんだ、、、と言う事を実感させてくれるモノだったのですね。

とは言っても、その当時は、『天球儀』の使い方も読み取り方もさっぱり理解出来ていなかったのですが、、、。(いまでも「詳しく説明してみろ」と言われたら説明出来ませんけど 笑)


小さな点で描かれ無数の線で結ばれた星座と星々の全てには名前が付いている。 それって凄い事ですよね? 誰かが発見し、誰かが名前を付けたのです。

a0199297_22435294.jpg


この透明な天球の中心で自転する小さな青い惑星、、、。
『地球』と名前のついた、この小さな青い惑星に、僕は含まれているのです。

『スズキヨシカズ』と名前のついた、、僕も含まれているのです。

僕と言う存在とその事象も『Deus ex machina(デウス・エクス・マキナ)』で解決してしまえたら、、、

(???)

『天球儀』を見ているとそんな取り留めのないことをぼんやりと考えてしまったりするのです。


『天球儀』

、、、部屋の中の小さな宇宙ですね。

a0199297_2311631.jpg

by yoshikazusuzuky | 2011-02-10 23:11 | 理科室の記憶 | Comments(0)