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スズキヨシカズ幻燈画室

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満月ノ晩ノ蒼色幻燈会 ... 始マリ始マリ

『心象(しんしょう)』

『心象(しんしょう)』と名前をつけた、僕の写真作品です。

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            スズキヨシカズ写真作品 『心象(しんしょう)』

スペインはバルセロナのグエル公園で撮影した白黒ネガフィルムからのプリントです。
パーソナルコンピューターを使っての画像処理はいっさい行なわず、暗室に籠っての手焼き手作業で作った画面です。(そんな大袈裟に言うほどのモノでもありませんが 笑)

「白黒写真のプリントは楽しいです。」

「暗室の赤い暗闇の中では時間が静止します。」(コレ、本当です! 暗室に入って入り口の扉を閉めた瞬間から時間が静止します。 時間の感覚はまったく失われます。 暗室はある意味でのタイムポケットみたいな空間なのです。)(僕が初めて暗室で、自分で写真をプリントしたのは小学校低学年の頃だったかな?)(その時からずっと、暗室のタイムポケットを彷徨っていたりして、、。 笑)

僕の場合、写真一筋に経験を積んだ技術に裏付けされた作業ではないのでナヲたのしいのかもしれませんね。(基本、不真面目なのです。)

『偶然』 と言う言葉が僕自身と作品作りの『鍵』なのだと思います。 (こないだ『偶然』なんて信じないとか言ってた気がするけど、、、笑)

(ちょっと違った意味での『偶然性』の話しですね。)

何かを造形する(生み出す)仕事の場合、『ひらめき』が占める割合と同じくらいの『計画性』って必要ですよね。
イメージを書き留め、スケッチに残し、下描きをして、下地を作って、、、。 そんな手順って不可欠(そこまで断定されるモノではないのかな?絶対的な決まり事ではないけれど、、でも)ですよね。
僕の場合の作品作りは、先ず始まりに『下地』が在るのです。
いろんな風に「コネクリマワサレタ」下地となる『支持体』が存在しています。 それは比喩としての「存在」ではなくて、現実に画室のあちらこちらにそれらは置かれています。 「置かれている」と書くと聞こえが良いけど実際には「置き去られている」と言う表現がより近いですかね。 1年も2年も3年も、、、いちばん長期に渡り放って置かれてるので16年モノって言うのが在りますね。(苦笑) 「何かになるかもしれない」、って思ってるんですね。 「何時か何かになるかもしれない」、って、クッキーの入ってた缶々を大切に仕舞い込んでおくみたいな話しです。(『何時か』には「そうはならないかもしれない」と言う意味合いも含まれますけど、、笑)

僕は何か本当に素敵なモノに出逢った時、そのイメージや実体をスケッチに残すことはあっても、作品作りの段階での下描きはしません。 

イメージをもらったら先ず僕は、「ぼんやり」とあちらこちらに置かれた支持体(キャンバスであったり画用紙であったり木の板であったり)を眺めます。

そして、そのイメージをその身に含んだ支持体が自分の方から僕に語りかけてくれるのをただ待つのです。

そうして僕に語りかけてくれた支持体の中から、僕はそこに存在する(ように思える)イメージを削り出してゆくのです。

それは整然とした作業ではなくて、まるで地下深くに眠る鉱脈を掘り当てるようなもので、予測不可能なアクシデントに出会う度に作戦を練り直し臨機応変にのぞんでゆく。 でも、最終的に目的の鉱物に出会えない場合も在るのです。 けれども、地上へ射出された掘削機の金属管の中には何かが入っている。 思いもよらなかった鉱物に出会えていたりする。 そんな『感じ』の作業を繰り返しているのです。

そういった意味での『偶然』なのですが、、、
これを『偶然』と呼びますか? それとも『必然』ですか?

むかし誰かが僕にこんな話しをしてくれました。 『ミケランジェロはね、道端に転がっていた大理石の中に囚われている女神を感じた。 そして、その女神を助け出す為に大理石を削ったそうだよ。』

きっと『必然』ですね。  


  
by yoshikazusuzuky | 2011-03-08 23:11 | スズキヨシカズ的アート | Comments(2)
Commented by ひめママ at 2011-03-09 01:22 x
偶然という名の必然でしょうか?(笑)

あるいは「矛盾」の故事・・「盾」と「矛」のようなものでしょうか(^^)どんな盾も突き通す矛。。。どんな矛でも突き通すことが出来ない盾。。。両方存在しそうじゃん・・・と思ってしまう自分もいたりする。(笑)ヘーゲルの弁証法?みたいな?・・・(^^;

あ~こんなこと書くと、また変わってるって世間から言われる~(汗)
Commented by yoshikazusuzuky at 2011-03-09 02:10
己の中で対立し合う感情。

己の中に在る感情が、対立する感情を求めて反する感情を生み出す。

この道の先、あの曲がり角を曲がると確信に満ちた自分を否定する自分が現れる。

そこに均衡は存在しませんね。(あるいは否定こそが均衡ですか?)

人間であるための約束事、、、のようなモノなのかもしれないなと思います。

矛盾を解決する何かが人間に備わっていたら、その時点で人間であるとは言えなくなるかもしれない。(不安の代償が矛盾ですか? それとも、矛盾が不安を生み出すの?)

わけわからない人間であることの幸せですね。(何だそれ!)(笑)

ひめママさん?

『午前1時30分近辺の人』になりつつありますね。(微笑)

今夜、素敵な文字は生まれましたか?

ひめママさん、おやすみなさい。