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スズキヨシカズ幻燈画室

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満月ノ晩ノ蒼色幻燈会 ... 始マリ始マリ

見知らぬ自分(あるいは僕?)

僕は(極端に言えば、、)日々変わって終う。

だから僕の作品たちも、
その画風を日々変化させてしまう。

スペインから届いた一枚の写真。
a0199297_11162136.jpg
僕が描いた『絵』らしい。
(笑、、あるいは苦笑?)









「そういえば描いたかも」(苦笑、、ですね)

でもスペイン時代の作品写真(アルバム)の中には残されていない作品。

「たしかに僕が描いたのかもしれない」


見知らぬ自分のようだと思ったよ。

あるいは、

「僕のようだ」、、と。
by yoshikazusuzuky | 2011-07-12 23:11 | スズキヨシカズ的アート | Comments(1)
Commented by tatsuru at 2011-07-13 12:29 x

前のスズキ先生のお話で気配について考えるきっかけがありました。

夜に星が見える時に散歩すると感じる事なのですが(特に地元の方で)、星の真下に自分が立って歩いてると、星に引っ張られる感覚になります。その現象が起きると、自分が大きくなったみたいで、周りのものの見え方がまるで変わってしまうのです。遠くに見える山も木も、雲も空も小さく見えてしまう。小さいというか、手の届く範囲にあるように見えてしまう、または自分が大きくなって手を伸ばしてると言った方が良いかもしれません。
自分と、まわりの環境に相違がなくなっていき、合体したような。そういう時って、気配と密接に関わってる、合体してると感じます。
つまり呼吸というものはそういうもので。

アンリ・コルバンによれば、古代ペルシャ人の考えでは、この宇宙にはクバルナ(Xvarnah)と呼ばれる純粋な神的エネルギーが、いたるところを貫いて流れていて、それがさまざまなすがたをした世界をつくりだしているのだと言います。

その気配と絶えず関わったりしてると、たぶん見知らぬ自分に出会い、本当の知恵を得るきっかけになるのだと思います。