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スズキヨシカズ幻燈画室

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満月ノ晩ノ蒼色幻燈会 ... 始マリ始マリ

くろいろえのぐでいろとりどりにばらのはなをかく(5)

いきなり後ろから脳天をげんこつで殴られ「パシッ!」と目の前に火花が散り、一瞬何が起こったのか理解できずに我を忘れた目つきになって(たぶんそんな目をしていたと思う)振り返ると、、、。
「落ち着こう落ち着こう」 落ち着きつつも引きつった冷静さで、いきなりのこの行為(後ろから脳天をげんこつで殴るという行為)の非について静かに静かに話して聞かせた(言って聞かせた)ヨシさんでした。 (やれやれ)
むかしむかし、、ずっとずっとむかしの教室中に、小学3年だったか4年生だったかの男の子を本気で叱っているヨシさんの姿と叱られている男の子の姿を(もちろんそれ相応の理由があって叱ったのですよ)たまたま居合わせた幼稚園生の生徒に見られてしまい、その幼稚園生はしばらく『ヨシさん恐怖症になってしまった、、』という事件が起こって以来(事件を起こしてしまって以来)、僕はよほどのコトが無い限り怒らない(怒りと言う感情を露骨に現さない)コトを心に誓ったのです。 よほどのコトが起こっても出来る限り感情は押さえ込み、出来る限りの静かな口調で話して聞かせるコトをもって『怒るという行為』に変えています。 とは言っても僕も人間ですから「プツリ」と頭の線が切れそうになる場面には毎日山ほど遭遇しますが、あの時の幼稚園生の子の怯えた眼差しは、そうそう簡単に忘れられるモノではありませんから、、、ね。
僕は子どもの頃の記憶がたくさん欠落しています。
記憶の欠落は高校生3年生で絵を描くことに出逢うまで続きます。
僕はたくさんの良くないことをしてきたようです。
自分がいじめられたと言う記憶がある反面、自分も誰かをいじめてもいたようです。
僕がいじめられたコトを覚えているように、僕にいじめられた誰かも自分をいじめた僕のコトを覚えているのです。
でも僕の中にはその男の子と夕暮れまで傷だらけになりながら野球の練習をしている記憶が残っています。 キャッチャーをやっていた僕は、その男の子を先発のマウンドにあげたくて、自分の前に空き缶を並べてその男の子の球を受けている(コントロール練習ですね)自分を記憶しています。 その時の夕焼けの色も、空き地の枯れ草の匂いも、その男の子の真剣な表情も、ボールが命中して跳ね上がった空き缶が顔に当たったときの痛みも、ぜんぶ鮮明に記憶しているのに、、、。
あれは本当ではなかったのだろうか?
記憶って曖昧です。
記憶は作られます。
それが本当に自分の記憶なのか、それとも自分の中で自分を守る為に作り上げた記憶なのか? 僕はときどき混乱するのです。
今の自分について考えるとき、その『僕』という人間の『記憶』という資料には、あまりにも空欄が多すぎるのです。
記憶の空白の領域にあてはまる『モノ』は何処に存在しているのだろう?
何処かに蓄積されるように降り積もっているのだろうか?
そんな場所が何処かに在るのだろうか?
それとも、、、 記憶はそれを失ったと同時に消滅してしまうモノなのだろうか?

「どうしてしまったろうか、、、?」

なんで今、この瞬間に、こんなコトを考えているのだろうか?
(考えているのだろうか?)
なぜ繰り返し繰り返し『忘れていたイメージ』を感じているのだろうか?
(感じているのだろうか?)

頭の中で木霊する記憶が残した暗号のような言葉たちに、
少しだけ怯えに似た何かを感じています。


毎週毎週同じ始まりの言葉で申し訳ないです。
「おそくなりました」
いつもいつも週が明けてからでごめんなさい。
14日土曜日のつづき、、、
脳天に一発喰らって始まった14日土曜日午後の教室の『くろいろえのぐでいろとりどりにばらのはなをかく(黒色絵の具で色とりどりにバラの花を描く)』5回目の画像とお話しです。
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今日は全員そろっての教室でした。
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写真と言うのは本当に不思議なモノですね。
時間を切り取れる『写真機(カメラ)』と言う道具は、『タイムマシン』と言っても過言ではないぐらいの大発明の品ですよね。 それが起こったのはほんの一瞬であるとしても、その場所で確かに起こったその一瞬を、切り取り記憶しておくことが出来るのですからね。
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テルは自分でこう言います。
「ボクは絵をかくのがあまりとくいじゃないからリベラに入ったんだよ」
、、と言います。
そんなふうには見えなくなりました。
まだ短い期間しか一緒に過ごしていないけど、出逢ったばかりの頃に白い画用紙を前にしたときにテルが垣間見せた不安げな表情が無くなってきたものね?
「スゴいよ!」、テルの描く絵は!! (^〜^)
「スゴい!」と言うのは言葉そのままの意味です。
今日はバラの花を一生懸命集中して描いてくれてから「スケッチしようかな?」と言ってこんな2枚を残してゆきました。
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ダイヤル式黒電話です。
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「これは?」 これは何を描いたかわかりますか?
これはですね、教室の隅に転がっていた年代物の『オペラグラス(携帯双眼鏡)』を真正面から見た図です。
なんだか「まだ構想段階だから本当は誰にも見せちゃいけないんだけどね、、」と前置きされて内緒で見せられた不思議なモノの完成予想図の様に見えますね。 (見えませんか?)
そうやって少しずつでよいから、絵を描くことを楽しめるテルになってくれたらヨシさんは嬉しいなあ。 (^〜^)
絵ってさ、テルが「楽しい!」って思いながら描いてあげると喜ぶんだよ。 そして嬉しくなった絵はね、「テルを楽しませてあげたい!」って思うの。
絵とテルの間に友だちの関係が結ばれるわけです。
「テル? 絵と仲良くね!」 (^〜^)
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いろいろと色々なコトが起こりますが、みんなそれぞれに絵との間合いを考えていっしょうけんめい取り組んでくれています。(起こるコトは起こるべくして起こるのだから仕方が無いのです)
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なぜ電動ドリルが絵の道具といっしょにテーブル上に存在しているのかは謎ですが、、、。 (笑)
教室終了まで「30分しかないよー」の段階で何故だか写真撮影ブームが起こりましてカメラの争奪戦などもありつついつの間にやらやたらとたくさんの画像がカメラに記録されておりましたので、その中からご紹介を。
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ゆうかちゃんの撮影した7枚です。(これで撮影枚数の4分の1くらいかな?)
ゆうかちゃんが撮った写真は何だか『組み写真』みたいで、解説文やお話しがいくらでも浮かんできそうな感じです。
とくに、ちぐさちゃんの『後ろ姿』と『日本の鉱物』図鑑を手にした2枚の写真はなかなか技ありの写真で、ヨシさんかなり好きですよ。 (微笑)
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こちらの2枚は、ゆいかちゃんの撮影。
こちらもたくさんの中の2枚です。
『ふぉとぐらふぁーゆいか』は「物」「人物」をクローズアップで撮影した画像が多くてですね、自分を撮影したモノなんかは、なかなか小1とは思えぬ良い表情をしていたりするのですが、、さすがにゆいかちゃんの顔のアップの写真ばかりを「ずらりずらり」と並べるのも問題ありそうなので、、、何故だかこの2枚となりました。
こはなちゃんも電動ドリルを手にしていますね。
いったい何故に『電動ドリル』なのでしょうか? (笑)

「たぶんそこに電動ドリルがあったから」 、、、ですね。 (おおー!)

みんながいろいろな理由から電動ドリルを手にします。
『人は様々な理由によって電動ドリルを手にする』 、、って題名で本を一冊書けそうですね。

(笑)

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そんなわけでバラの花の下描きは火曜日まで、水曜日からは着色です。

着色って言っても黒色だけですけどね。


(微笑)


あ!?
ちなみにこの『くろいろえのぐでいろとりどりにばらのはなをかく(黒色絵の具で色とりどりにバラの花を描く)』も練習の一枚なんですよ。
最終的には黒い絵の具で何を描くんでしょうね?

「何を描くんですか?」

「ギクリ!」(そ、、それはヒミツでし)

(でし? 笑)



ではまたあしたあ〜〜〜〜




追伸:

本日17日(火)午前9時より、『長谷川 希 ナイトテレパシー展』が開幕します。
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のぞみちゃんの初めての個展です。

「どうぞよろしくおねがいいたします」


長谷川 希 個展 『ナイトテレパシー展』
会期:4月17日(火)〜22日(日)
開場時間:午前9時〜午後9時ま(最終日22日:午後6時まで)
展覧会場:『山形まなび館 MONO SCHOOL 』 交流ルーム4 . 5
住所:山形県山形市本町1−5−19(電話:023−623−2285)
by yoshikazusuzuky | 2012-04-17 00:00 | かいがきょうしつ リベラ | Comments(0)