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スズキヨシカズ幻燈画室

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満月ノ晩ノ蒼色幻燈会 ... 始マリ始マリ

雷竜に赤いリボン

昨夜は卓上電子計算機を「カタカタカタカタ」とやっていたら
明け方近い時刻になてしまったので、
朝食時間を完全に逃した時刻に
目を覚ましました。 (起きた時間が遅いだけで睡眠時間は短いので「よく眠った〜」感は皆無だけどね わら)

午後に父親を床屋に送ってゆくのに
白河市旧市街の道路を自動車で走りました。
昨日までは、渋滞に近い走りしか出来なかった
氷に覆われた幅の狭い道路が、
今日はすっかりキレイに除雪してあったのには驚きでした!
きょうもまだ雪の残る道路のあちこちを通行止めにして、
重機を入れての作業が続いていましたが、、
ありがたいコトです。 お休み返上の労働に頭が下がります。

来週は、その狭い道路や裏道を通って
「白河第三小学校」や「白河保育園」の授業に行かなければならないので、
ほんとうにほんとうに助かります。
ありがたいコトです。 「ありがとうございます」 (感謝)

父親が床屋さんをしてもらっている間に、
土曜日の後片付けをしに教室へ。

入ってブラインドを巻き上げている時
背中に、おかしな視線を感じたので
振り向いて見たら、、

カラフル輪ゴムのウイッグと
赤いリボンを着けて(着けられて)
おめかしをして、
子ブタさんをお供に従えた
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アパトサウルスさん(子どもたちからはなぜか「橋本さん」と呼ばれている)と目が合ってしまいました。 (はははは)

「よくもまあこういうコトを思いつくよなあ」って
半分くらい呆れつつも感嘆し、きちんと敬意を込めた目線でも
ながめて見ると、、
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「この子どもたちのズレているようでズレていないステキな感覚って、
『リベラガチャガチャ計画』に、かなりな現実味を持たせてくれるよなあ」とあらためて僕の「子ども心」を(なんだ「子ども心」って? 笑)くすぐられたのでした。

しばらくこの話題に触れてはおりませんでしたが、、
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子どもたちの描く『巻物自分史』の太さもかなり
増してきておりますでしょう?

「楽しんでいる子はメチャメチャ楽しんでいるけど
そこに楽しみを見いだせない子はメチャメチャつまらなそうです」

楽しみを見いだせない場合、
子どもたちはどんな行動をとるのか、、

なにもしないです。

何もしない子どもたちにどんなアドバイスをするのか?

う〜む? (難問)


僕はいままでたくさんの子どもたちと出逢って来て、
当たり前だけれど子どもたちにはそれぞれに
性格と個性があり、
それと同じ数だけの才能を持っているコトを
この目で見て、肌でも感じてきました。

「才能の無い子なんていないんです!」

『創造する』という分野においては、
全ての子どもたちは『天才』なんです。

でも、その才能を見せてくれない子たちがいます。

なぜ見せてくれないのか?

「やりたくない」「つまらない」この短い言葉の中から僕は何を感じ取り、どう対応すれば良いのだろう? 他の子が描いている姿を見ても「やりたい」と思わないのであれば、それはほんとうにやりたくなくてやらないわけだから、アドバイスなんて言ってもそれを聞く耳は持ってくれませんよ、残念だけど。 その子にとって「つまらない」コトでも、他の子にとってはそうではない。 でもその子にとっては「つまらない」というのが絶対的な事実なんだ。 「つまらない」モノは「つまらない」んだよね? これって、僕はその子に、僕自身の想像力の限界を突きつけられているわけですよね? 「アドバイスしない」のではなくて、僕は「アドバイスが出来ない」ってコトになるのかな? 
「その子たちを変えられる」なんて、思い上がったコトは考えていないけれど「変えられない」のであれば、僕が絵画教室をやっている意味はあるのだろうか? 絵画教室に来ているのになぜ「やりたくない」のか? やりたくないのになぜリベラに来るコトをやめないのか? 僕にも良くわからなくなるコトがあります。

なぜこんな話になったんだ? (苦笑)

昨日の土曜日から
「3月のリベラ」の手紙を配り始めました。

3月の最初の教室日に
4月からの『更新票』を提出してもらうのが常です。

卒業してゆく子たちもたくさんいます。 数名ですが、中学生になってもリベラに通いたいと考えてくれている子もいます。 でも、どうしても絵を描くコト作るコトが手につかない子たちは? その子たち自身は? その子たちのお父さんお母さんたちは? 4月からの教室に、どんな決定をするのだろうか? リベラに通って来てくれて他の子どもたちと接するコトで、あるいは僕と接するコトで、、その子は変わってゆくかもしれないし変わらないかもしれない。

僕にはわからない。

わかっているのは、、
絵には魅力がある。 
モノを作るコトにも魅力はある、、というコト。

無理強いしてまでその子たちを引き止めるコトが正しいコトなのかどうなのか、、
僕にはわからない。


その子たちを引き止めるだけの魅力が、、

「かいがきょうしつ リベラ」と

僕の中には、、 あるのだろうか?


その子たちに刺激が必要なように、
僕にも刺激が
必要なのかもしれないです。(限界のないはずの想像力に限界を感じてしまったとき心はとても弱くなりますね)


できるコトならば、
その子たちが小学校を卒業して
リベラも卒業してゆくまで、、
僕はその子たちと
いっしょにいたいのです。

まったく、、
なんでこんな話しをしているんだか? (苦笑)

穏やかに暮れていった
きょうの日曜日の
その時刻、、
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なぜだか僕の心は
こんな考えに囚われてしまっていたのでした。



(やれやれ)





来週は、
ヨシト君の教室から始まります。





(微笑)
by yoshikazusuzuky | 2014-02-24 00:00 | 繋がる想い | Comments(0)