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スズキヨシカズ幻燈画室

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満月ノ晩ノ蒼色幻燈会 ... 始マリ始マリ

つくりびと(第41号)

全国の美術館で無料配布されている冊子(福島県内では郡山市立美術館と
諸橋近代美術館で配布されていますが
諸橋近代美術館は来年4月末日まで
冬期休業中です)


『つくりびと』第41号(国民みらい出版刊)を
ご紹介します。


見開きのコラムを担当させていただいております。


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今回はリベラっ子たちの絵が
海を渡ったお話しです。




創作活動の視点からこどものみらいを考えるコラム アートガイド・ぷらす

「アートというものは社会の役に立つ存在なのだろうか?」芸術、創作に興味のある人であれば一度は考えたことのある疑問ではないかと思われます。それに対する答えになれれば嬉しいのですが、福島県にある「かいがきょうしつリベラ」のこども達のエピソードを紹介したいと思います。約五年前にわが国を襲った大震災、その直後に不安と恐怖の中で描かれた絵がなんと国境を越え、子供たちの心を救った、そんなお話です。

『「 絆(きずな)~君は一人じゃない~ 」子どもたちはその言葉の意味を知る 』

震災直後、教室の子どもたちとその作品の発信を始めた僕のブログは想像もしなかった方向へと展開を始めていた。ブログで子どもたちのコトを知った福島県外の方々から教室に様々なモノが届けられた。お菓子がいっぱい詰まったダンボール箱。八十歳をこえるというおばあちゃんからはちりめん細工で手作りしたお地蔵さま。絵描きさんからは子どもたちひとりひとりに手描きの絵。遠く沖縄の鉱物屋さんからはお守りのブレスレットが。知人からもあれば、まったく見ず知らずの方からの贈り物もあった。それぞれに心温まるメッセージが添えられていて、教室の壁に貼られたそれらの手紙を子どもたちは何度も何度も読み返しながら教室での時間を過ごした。「絆(きずな)」だとか「君は一人じゃないんだよ」という言葉を大人から「言葉」としてだけ聞かされ続けて来た子どもたちは、身をもってそれらの意味を感じ、そして理解した。あまりにも甚大な被害を出した災害に際してこんな言い方は不適当であり不謹慎かもしれないが、子どもたちにとっては人間的に成長する大きな大きな意味を持つ出来事であったのも確かなのだ。そんな出会いの毎日の中で一年が過ぎた頃、僕が十年程暮らしたスペインから一通のメールが届いた。「リベラの子どもたちとバルセロナの美術教室の子どもたちとの合同展を開かない?」メールをくれたのはバルセロナ在住の硝子陶芸作家、友人の村田由紀子だった。彼女は僕のブログを現地語に翻訳し(翻訳家の知人を通して英語などにも直してくれて)世界各地の友人たちに発信してくれていた。その中で今回の企画の話しが持ち上がったのだと言う。「子どもたちの絵を外国で展示してあげられる!」嬉しい限りの申し出だった。リベラの子どもたちが描いた十五センチ× 二十一センチ
ほどの小さな絵を、正確な枚数は思い出せないのだがその当時リベラに在籍していた子どもたちそれぞれが一~二枚ずつ描いた記憶があるので、百枚近くを送ったのではないだろうか。会場となったバルセロナの『 TRAÇ 』(トラス美術教室)に、彼女と教室の先生方の手によって素敵に展示がされたこの展覧会は少しだけ試行が変わっていた。互い違いの市松模様々に貼られたリベラの子どもたちの絵と絵の間をトラスの子どもたちの絵が埋めてゆくのだ。しかも、ただ自由な題材で描くのではなくリベラの子どもたちの絵から感じた物語のさらにその先のお話しを描いてゆくのである。つまりは展覧会の会期中、日々部分的に作品は変化し完成されてゆくのだ。偶然と必然とが無意識の領域で融合する共同作業によって生まれ出た作品たちには、完璧さの中に不思議な説得力があった。枠にとらわれずに壁や天井をうねるように長く長く繋がってゆく絵も描かれた。『繋がる絵』と名付けられたそれは、まるで自由自在に天空を翔け巡る『龍』(スペイン風に言えば『ドラゴン』だろうか)の姿の様だった。日々その表情を変え続けるこの展覧会は、『 Des de FUKUSHIMA ~ l'Exposició Viva~ 』( ふくしまから ~生きている展覧会~ )と名付けられた。その名の響きには、何かしら胸を打つモノがあった。震災から1年、日常を取り戻すべく頑張り続ける大人たちと、健気にも気丈に毎日を生き続けている子どもたちのコトが想われて涙が溢れた。『生きている展覧会』実に素晴らしいタイトルだった。展覧会は二〇一二年九月十二日より十月十九日までの三十八日間開催された。展覧会の閉会式が行われた現地で、彼女も予想していなかったコトが起こった。巡回展の話しが持ち上がったのだ。展覧会はスペイン カタルーニャの町々を巡るコトとなった。 バルセロナから始まり、アルヴェンドレイ、ビック、サンキルザデバイェス。そして二〇一五年の早春、仕舞いとなる五番目の町、僕の第二の故郷スリアで展覧会はしめくくられた。福島県白河市の五十数名の子どもたちから始まった小さな絵は、村田由紀子はじめ現地のたくさんの方々の助力によって、言語も文化も習慣も違う子どもたちと繋がり一つとなり、僕たちの想像をはるかに超える大きな大きな希望と言う作品を生み出したのだった。スペインでの展覧会を終えた全ての作品は、二〇一五年初夏にスペインから日本へと村田由紀子が携えて持ち帰った。『 ふくしまから ~生きている展覧会~ 』今度は日本での巡回展が始まったのだ。

次回は日本での展覧会のお話しをさせていただこうと思う

              「かいがきょうしつ リベラ」主宰  スズキヨシカズ 



前回のコラムは
コチラから
どうぞ → http://suzuky.exblog.jp/21773898/






金曜日の教室
でした。


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3年生のオウガ、
5年生のオウガにつづく、、
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3人目のオウガ(1年生)が
リベラに登場しました。


オウガ3人はややこしいので
次回は3人に名まえをつけて
あげましょう。
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(ゴンザレスとかホセマリアとかフェルナンドとか
ミゲール、、とかとかね)






(微笑)
by yoshikazusuzuky | 2015-12-12 14:28 | Comments(0)