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スズキヨシカズ幻燈画室

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満月ノ晩ノ蒼色幻燈会 ... 始マリ始マリ

『心象(しんしょう)』と名前をつけた、僕の写真作品です。

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            スズキヨシカズ写真作品 『心象(しんしょう)』

スペインはバルセロナのグエル公園で撮影した白黒ネガフィルムからのプリントです。
パーソナルコンピューターを使っての画像処理はいっさい行なわず、暗室に籠っての手焼き手作業で作った画面です。(そんな大袈裟に言うほどのモノでもありませんが 笑)

「白黒写真のプリントは楽しいです。」

「暗室の赤い暗闇の中では時間が静止します。」(コレ、本当です! 暗室に入って入り口の扉を閉めた瞬間から時間が静止します。 時間の感覚はまったく失われます。 暗室はある意味でのタイムポケットみたいな空間なのです。)(僕が初めて暗室で、自分で写真をプリントしたのは小学校低学年の頃だったかな?)(その時からずっと、暗室のタイムポケットを彷徨っていたりして、、。 笑)

僕の場合、写真一筋に経験を積んだ技術に裏付けされた作業ではないのでナヲたのしいのかもしれませんね。(基本、不真面目なのです。)

『偶然』 と言う言葉が僕自身と作品作りの『鍵』なのだと思います。 (こないだ『偶然』なんて信じないとか言ってた気がするけど、、、笑)

(ちょっと違った意味での『偶然性』の話しですね。)

何かを造形する(生み出す)仕事の場合、『ひらめき』が占める割合と同じくらいの『計画性』って必要ですよね。
イメージを書き留め、スケッチに残し、下描きをして、下地を作って、、、。 そんな手順って不可欠(そこまで断定されるモノではないのかな?絶対的な決まり事ではないけれど、、でも)ですよね。
僕の場合の作品作りは、先ず始まりに『下地』が在るのです。
いろんな風に「コネクリマワサレタ」下地となる『支持体』が存在しています。 それは比喩としての「存在」ではなくて、現実に画室のあちらこちらにそれらは置かれています。 「置かれている」と書くと聞こえが良いけど実際には「置き去られている」と言う表現がより近いですかね。 1年も2年も3年も、、、いちばん長期に渡り放って置かれてるので16年モノって言うのが在りますね。(苦笑) 「何かになるかもしれない」、って思ってるんですね。 「何時か何かになるかもしれない」、って、クッキーの入ってた缶々を大切に仕舞い込んでおくみたいな話しです。(『何時か』には「そうはならないかもしれない」と言う意味合いも含まれますけど、、笑)

僕は何か本当に素敵なモノに出逢った時、そのイメージや実体をスケッチに残すことはあっても、作品作りの段階での下描きはしません。 

イメージをもらったら先ず僕は、「ぼんやり」とあちらこちらに置かれた支持体(キャンバスであったり画用紙であったり木の板であったり)を眺めます。

そして、そのイメージをその身に含んだ支持体が自分の方から僕に語りかけてくれるのをただ待つのです。

そうして僕に語りかけてくれた支持体の中から、僕はそこに存在する(ように思える)イメージを削り出してゆくのです。

それは整然とした作業ではなくて、まるで地下深くに眠る鉱脈を掘り当てるようなもので、予測不可能なアクシデントに出会う度に作戦を練り直し臨機応変にのぞんでゆく。 でも、最終的に目的の鉱物に出会えない場合も在るのです。 けれども、地上へ射出された掘削機の金属管の中には何かが入っている。 思いもよらなかった鉱物に出会えていたりする。 そんな『感じ』の作業を繰り返しているのです。

そういった意味での『偶然』なのですが、、、
これを『偶然』と呼びますか? それとも『必然』ですか?

むかし誰かが僕にこんな話しをしてくれました。 『ミケランジェロはね、道端に転がっていた大理石の中に囚われている女神を感じた。 そして、その女神を助け出す為に大理石を削ったそうだよ。』

きっと『必然』ですね。  


  
# by yoshikazusuzuky | 2011-03-08 23:11 | スズキヨシカズ的アート | Comments(2)
雪でした。

今朝、目が覚めたら、外は真っ白に雪化粧していたのでした。

「春の雪?」

雪はまだ降り続いていますしたよ、、、。

羽毛のように「ふわり」とした雪片が、
黒く濡れた温かなアスファルトに触れると「しゅっ、、」と小さく音を発てて気化してしまいました。

春待ちの雪、、ですね。

雪降りの一日でした。



、、、写真です。

『冬の日に』 、 そして、『春待ちの日』 。

それぞれが数枚づつの写真で構成された過ぎてゆく季節とやって来る季節への僕からのささやかに想いを寄せるカタチの表れです。


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          「晴れた日、冬が群青に濃く影を落とす公園にて、、」


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                     『冬の日に』







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                    「春待ち、、」

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                    『春待ちの日』 



               あたたかな春は、もうすぐそこですか?
# by yoshikazusuzuky | 2011-03-07 23:11 | スズキヨシカズ的アート | Comments(2)
『そして、カムパネルラは、丸い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。 まったく、その中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。 そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤の上に、一々の停車場や三角標、泉水や森が、青や橙(だいだい)や緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。 ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「その地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」ジョバンニが言いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 、、、』

宮沢賢治『銀河鉄道の夜』第六幕「銀河ステーション」 、、の中でのカムパネルラとジョバンニのやり取りです。

黒曜石でできた星座盤、、、。

銀河鉄道の地図、、、。

黒曜石に描き出される銀河の地図に、僕は、ずっとずっと憧れていました。

けれどもそれはお話しの中のお話し、、、。 そう思っていたのです。

でも、、、。

でもそれは間違いでした。


先月、2月の25日に書いた黒曜石の話。

『アパッチの涙』。 

あのときに僕は出逢ったのです。(、、、巡り逢ったのです。)

あのときに僕は出逢ってしまったのです。(、、、巡り逢ってしまったのです。)

黒曜石の宇宙は存在していました。

「どこに?」

「ほっかいどうに」

北海道に、、、 黒曜石の宇宙は現実の中に『カタチ』として存在していたのです。

紹介させて下さい。 『黒曜石の宇宙』、、、『黒曜石の世界』を、、。

そして、僕の手元に届いた『M51渦巻銀河』と『縄文の鏡』を、、紹介させて下さい。

何も付け加えることも説明する言葉も存在しません。 僕が感じたこの気持ちのおすそ分けです。
素敵なんです。
素敵すぎるんです。


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               黒曜石の『M51渦巻銀河』です。

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              黒曜石の銀河が太陽を写し込みます、、、。



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             黒曜石から磨き出された『縄文の鏡』です。

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        黒曜石から磨き出された『縄文の鏡』が青空を写し込みます、、、。


掌の上の『蒼い空』そして『碧い宇宙』、、、。   

ただただ、涙が溢れます。

ただただ、涙が零れます。

一塊の鉱物に、誰かの想いが磨き込まれた時、、 その鉱物はその身の内に『心』を宿すのです。


黒曜石が描き出す、、、『始まりの宇宙』です。
# by yoshikazusuzuky | 2011-03-06 23:11 | 記憶の欠片 | Comments(4)
何処を探しても見あたらないのです。

僕は、ラモンじいちゃんとセニョール ホセの二人もスケッチに残したはずなのです。(僕はこれらのスケッチ作品を『断片肖像』と呼んでいました)

だのに、その写真が何処にも見あたらないのですよ。
僕は二人のスケッチを写真に残さなかったろうか?

何を基準にして写真に「記録する」「記録しない」の線引きをしたのか自分でもハッキリとは覚えていないのですが、何故か写真が残っていない作品たちが若干名いるのです。 そして悲しいことに、それらの作品たちの記憶が曖昧になってきていることに時折気づき、とてもとても大きく衝撃を受けたりしているのです。

「何故、僕は二人のスケッチを写真に残さなかったろうか?」

以前に紹介した『「蒼い鳥」〜モンセばあさんの肖像〜』『スリアスケッチ』の写真と一緒に、子供たちのスケッチ4枚の写真が現れました。

紹介します。

エステル、マリー、ラウラ、そして、ジョゼップ、の『断片肖像』です。

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           『エステル』です。 エステルはマリーの妹です。

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          『マリー』です。 マリーはエステルのお姉さんです。

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          『ラウラ』です。 ラウラはジョゼップのお姉さんです。

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          『ジョゼップ』です。 ジョゼップはラウラの弟です。

エステル、マリーの姉妹は、現在(今現在)スリアを出てカユスと言う名前の町で、姉妹共同経営の『 BAR (バール)』をやっています。(「BAR」は日本で言う喫茶店と居酒屋が一緒になったお店ですね)エステルはおてんば娘だったのです。いつも僕に登っていました。(笑)何処かに「僕登り」をしている写真が残っていたはず、、、。(笑)
ラウラは結婚して赤ちゃんが生まれ、お母さんになりました。とても真っ直ぐな考え方をする娘(こ)だったけど、その通りの良いお母さんになっているようだったな。
弟のジョゼップは、小さな頃から明るく元気な男の子だったけれど、ますます明るく元気で、男前な男子になりました。

こないだね、Skype(スカイプ) で、スペインのかつては子供だったみんなと顔を見ながら話しをしたのですよ。  Skype って全く接続の時間差を感じないから、距離感が無くなってしまうのですよね。 日本とスペイン、10,000 Km の距離が消滅して、昔みたいに画室(3階にあった)の窓から下を通りかかった子供たちと話しているみたいな、、、不思議な距離感覚になってしまうのです。 スペインの公衆電話から電話をかけた時に、受話器の向こうから聞こえてくるノイズと、ひと呼吸おいた時間差が懐かしいです。
 同じ電話回線なのにね。 スゴいですよね、技術の進歩って。

「ヨシ、ゼンゼンカワッテナイネ」 と、かつての子供たちは言ってくれたけれどそんなコトあるかい!(笑) みんながそんなに大人になってしまっているんだものね、僕だけ昔のままのわけが無いじゃないか!?(苦笑)

なんか、大人になった子供たちと話しをするのって照れくさいものですね。(微笑)



帰りたいなあ、、、スリアに。
# by yoshikazusuzuky | 2011-03-05 23:11 | スズキヨシカズ的アート | Comments(0)
スリアは『Poble vell(プエブロ ビエッホ)の子供たち』です。
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カタルーニャ州の州旗を持ち、スリアの民族衣装に身を包んだ勇姿です。

スペイン国旗カタルーニャの旗を半分にしたモノだ!」とPoble vell(プエブロ ビエッホ)の年寄りたちは語尾に力を込めて言うのです。
『州』と言うと、日本の『県』のような感覚で受け取ってしまいそうになりますがとんでもない。 カタラン人(カタルーニャ人)にとって『カタルーニャ州』は『国』なのです。 スペインの中に存在する別な『国』なのですよ。 カタラン人が話す『カタラン語』はスペイン語とは全く異なる言語です。 学校の授業の国語とはカタラン語の授業のコトです。
プライドの度合いが違うのです。 とにかく、、、違うのです。
スペイン語をスペイン語とは呼びません。 スペイン標準語としてのスペイン語をカタラン人は、「カスティーリャ地方の言葉」と言う意味で『カステェリャーノ』と呼びます。

この写真は、何処かのお祭りから帰還した時に撮った一枚ですね。
子供たちの背景として写っているのが『ラモンじいちゃん』が城守りをしている『スリア城』です。(その奥は教会の鐘楼です)

夏から秋にかけては、あちこちの町や村で様々なお祭りが行われるのは日本と同じです。 子供たちは、それらのお祭りに呼ばれて(招かれて)行って、スリア独特の踊りなどを披露して来るのです。 もちろん他の町や村の子どもたちがスリアのお祭りで踊ることもありますよ。
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夏が近づくと子供たちは、毎日の夕刻にスリア城前の広場に集まって踊りや楽器の演奏練習を欠かしません。

夏のスリアの夕暮れ時の記憶は、子供たちの演奏する楽器の音や踊りのステップや打ち鳴らされる拍子木のリズムと一緒に、僕の中に記録されています。 録音されるように。 録画されるように。 きっと、僕の作品の中にも同じように記録されているのだと思います。 純粋なポピーオイルのように、絵の具によく混ぜ合わされてね。(微笑)

2時間くらいは毎日決まって練習していたと思う。
わんぱく盛りの子供たちが、よくも文句も言わないで、、、。 では、その理由の一つをご紹介しましょう。

Poble vell(プエブロ ビエッホ)の子供たちのまとめ役にして大親分!
『セニョール ホセ』です!!
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どうです? 大迫力でしょう!?
よく、スペイン人の体型をワイン樽や丸ごとのチーズに例えたりするけれど、まさにそんな感じです。
「どどーん!」と構えた『セニョール ホセ』が相手では子供たちではどうにもなりませんね。(笑)

何て、、言ってますが、ほんとは厳しくも優しい『セニョール ホセ』なのです。 子供たちに慕われる、本当の意味での大親分な『セニョール ホセ』なのでした。

「どどどーーん!!」

、、とね。

(微笑)


 
# by yoshikazusuzuky | 2011-03-04 23:11 | 記憶の欠片 | Comments(2)
城守りのラモンじいちゃんの話しをします。

「城守り?」

し、 ろ、 も、 り 、、。

城の守り人(もりびと)です。

スリアは小さな町ですが、ちゃんと(?)お城があります。 ディズニーが描いた白雪姫のお城のモデルになったスペインはセゴビアにあるセゴビア城の様に華やかな中世の面影などは微塵も無い、ただ台形に石を積み上げて作ったかのような外観をしたお城ではありますが、ここにはちゃんと城主がいて、スリアと言う町を守り続けていたのです。(愛を込めて語っています) 観光の目玉には、なり得ない質素なイメージのお城ですが、存在感ではセゴビア城に負けてはいません。 『守る』と言う意思がはっきりと具現化されたお城だと僕は思いました。 話しが遠回りしたがっているので失礼して遠回りします。 『風の谷のナウシカ』ご存知ですか? 宮崎駿の『風の谷のナウシカ』です。 でもきっとジブリ映画の方の『風の谷のナウシカ』のイメージが一般的すぎて、、「『風の谷のナウシカ』のお話しってああなんだ〜」、、とかって思われていますよね? どうですか? 思っているでしょう? 「間違い!」 「それは間違いです!」 「ナウシカはNHKの大河ドラマよりもカールセイガンの『コスモス』よりも広大にして深淵なる物語なのです。」 ジブリ映画はストーリーダイジェスト版のそのまた縮小版です。 アレじゃ何んにも伝わらない! 伝わるわけが無い!! だからみんな『ナウシカ・レクイエム』しか記憶に残らないのです!!! 金色の野に降り立った姫姉さまを描写するテパと大ババさまの台詞しか、、「その者、青き衣をまといて金色の野に降り立つべし」、、とかって台詞しか残ってないなんて、、、! ないなんて!! (落ち着こう、落ち着こう、一度落ち着こう、、、) 原作全7巻のアニメージュコミックスの最終巻、第7巻の175ページ近辺を探ってみて下さい。 そこに在るシュワの都の真っ黒な墓所、、、。 その台形の真っ黒な建造物に、カタチも、カタチから受けるイメージと力強い存在感が近いです。 「なにに?」 なにに、、って!? もちろん「スリア城に!」です。 さあ、本屋さんで立ち読みして下さい。 第7巻の175ページからです。  お気に召したら全巻揃えましょう!!! 揃えましょう!!! (落ち着こう、落ち着こう、一度落ち着こう、、、)

「で?」 

で? そうそう。 で、、、そのスリア城の守り人がラモンじいちゃんなのですよ。
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                 「ラモンじいちゃんです。」

スリア城は現在(僕が住んでいた当時、、という意味の「現在」です)、美術展覧会が開ける立派なギャラリーになっています。a0199297_20134575.jpg
外壁と内壁は昔からのままの状態で修復補強され、抜け落ちてしまった天井部分は鉄骨で基礎を組み直し、強化ガラス張りにして採光しているのです。
天井までの高さを見て下さい。 
スゴく高いでしょう?
奥に飾ってある真ん中の絵はF30号(910mm×728mm)の大きさがあります。 絵が小さく見えますよね。
天井までかなりの高さがあるのです。
「スゴく高いんです!」 
窓も小さく見えますが、実は大きな窓なのですよ。

僕はこのお城で2回、、カタルーニャ州府とスリア市の後援で個展を開催させていただきました。

スペインでの初個展と、帰国前のスペインでの制作の集大成となる個展です。

写真は帰国展の時のモノです。a0199297_20323240.jpg
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こんな風にこの場所で展覧会や催し物がある時にラモンじいちゃんの出番となるわけです。
ラモンじいちゃんは知的障害があります。 生まれ持った障害だったのか、後天的な要因があったのかはわかりません。 ラモンじいちゃんはあんまり話しをしません。 でも、まったく話しをしないわけでもありません。 ラモンじいちゃんが話すときは、とても早口です。 よく聞き耳を澄ませていないと一つの単語も聞き取れない程に早口なのです。(語学力不足の僕だったから聞き取れなかったのでしょうが、、) ラモンじいちゃんの言葉はとても優しかったです。 一つ一つの言葉から、ラモンじいちゃんの緩やかな『思考のカタチ』を感じ取れるようでした。(感じ取ることが出来ました)

ラモンじいちゃんは、朝にお城の門を開け、夕にお城の門を閉めるまで、「深(しん)」として、お城の入り口に置かれた木の椅子に座り続けていました。

そして、時々、、 ほんとうに時々突然に、何かを語り始めるのでした。

それはラモンじいちゃん自身の昔語りだったのかな? それともその時々に吹いてくる、季節を告げる風の話しだったのでしょうか? あるいは、、、。


城守りのラモンじいちゃんの話し、、、でした。

おしまい。

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       「ある日のラモンじいちゃんと子供たち、、です。」 (微笑)







 

 
# by yoshikazusuzuky | 2011-03-03 23:11 | 記憶の欠片 | Comments(4)
きょうはスリアのお話し、、、。

不揃いの自然石が不格好に敷きつめられたスリアの坂道。「Poble vell(プエブロ ビエッホ)」と呼ばれるスリアでいちばん古い一画の円形広場へとつづくその坂道の、ちょうど真ん中辺りの日溜まりには、いつでもこの二匹がいた。

二匹の名前を僕は知らない。(でも二匹も僕の名前を知らないのでおあいこだ)

何処かの家の飼い猫なのか野良猫なのか? 飼い犬なのか野良犬なのか? それさえも僕は知らない。

雨降りの日や、曇り空の日に、二匹が何処にいるのかは知らないけれど、、、太陽が暖かく坂道に日溜まりを作る時刻、、、二匹は必ずそこにいたのです。


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      「 猫は、少しだけ警戒した目をして身構えて、通りすぎる僕を見送る。」

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      「 犬は、何んにも気にかけていないかの様にゆうゆうと昼寝を続ける。」


猫は、少しだけ警戒した目をして身構えて、通りすぎる僕を見送る。
犬は、何んにも気にかけていないかの様にゆうゆうと昼寝を続ける。
昼寝中のこの犬の横をすり抜ける時に半開きの片方の目だけで見詰められるとね、自分が透明人間になったような気持ちになるんだよ。

「君は存在していないのかもしれないよ?」 「もういちど確認してみなさい」 、、と言われているみたいな気持ちになるんだよ。

僕を囚らえてしまったかのような、昼寝中の『犬』の半開きの片目が放つ『かいこうせん』に立ち止まったままになってしまいそうな僕の背中を『猫』の表情が押してくれる。 「はやく行きな」と猫が言う。 あるいは、「はやく逃げな」、、、と?

いつもの光景、、、。

「日常的な、、」 と呼ぶには少しだけ幻惑的な日常の光景。

太陽が暖かく、不揃いの自然石が不格好に敷きつめられた坂道に日溜まりを作る時刻に起こる、いつもの光景だよ。

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        不揃いの自然石が不格好に敷きつめられた坂道がある通りの名前は
             『サン . クリストフォウ 通り』と言いました。








 
# by yoshikazusuzuky | 2011-03-02 23:11 | スペイン残像 | Comments(0)
a0199297_028477.jpg時間も場所も、「くるくる」と移動します。
今日のお話しの舞台はバルセロナです。

いつの間にかスリアの時間から過去へと遡ってしまっているのです。

僕が何とか潜り込んだピソ(アパート)はバルセロナ港のすぐ近く、バルセロナの目抜き通り、『ランブラス通り』から裏道に逸れた、『ゴシック地区』と呼ばれる古い一角にあった。 バルセロナオリンピック開催に合わせた再開発の手が入るまでは、影の中にもっと深い影が存在し、その中に人々が暮らしている、、、と言うような、とにかく猥雑で危険で異臭に満ちた一角だった。
大袈裟な表現が混ぜ込まれているとお思いでしょう?
とんでもない!
言葉通りにその通りの場所だったのですよ。

「なぜ、そんな場所のアパートに入居したのか?」 そう思われますよね?

もちろんです。 僕だってそう思いますよ。(笑)
a0199297_0491189.jpg入居の理由は単純明快です。
スペイン語がわからないので不動産屋に説明されている内容を理解する事が出来ない上にお金も無かったからいちばん安い家賃の部屋に即決してしまったのです。(もっともだもっともだ)
もちろん物件の下見に、現地にも連れて行ってもらいましたよ。 でも闇に蠢く夜の住人たち(なんてことを!)が眠りについている午前中だったので、「汚い通りの汚いピソだな」くらいにしか思わなかったのです。

「夜の街の住人たちはその素顔を明るい自然光のもとに晒す事はしない。 彼らは(彼女らは)人工の明かりが作り出す濃密な闇の片隅に、じっと息を潜め、自分たちの世界の始まりを、、」みたいなハードボイルドタッチで書き進めたくなる程に、昼と夜とでは街の表情は一変しました。

夜の通りには娼婦たちが立ち並び(午後からですね。午後の早い時間からすでに彼/彼女たちはそこにいました。)、酔っぱらいが溢れ返り、、、。 それも、人種も肌の色も様々に、様々な言語が飛び交っているのでした。
笑い声に叫び声(悲鳴です)、、
とにかく、僕の住むピソは、その喧噪の真っただ中に在ったのでした。

僕の部屋は3階でした。
窓を開けるとピソの中庭が見えました。 四方をピソに囲まれた中庭には、原形を留めぬ程に錆び付き朽ち果てた物々が積み重なっていました。 そして、その中庭を囲むピソには、夜になっても明かりは灯りません。 何故なら誰も住んではいないからです。 厳密に言えば2、3の窓には明かりが灯っていたけれど、、、廃墟と何ら変わらぬ佇まいなのでした。
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              スズキヨシカズ立体作品 『生きている僕』

そうだからといっても、ほとんど負の感情を抱く事はありませんでしたね。
夜更けに帰宅して玄関先でアフリカ系移民のお兄さんに脅されたときも、薬物常用中毒の若いカップルの部屋と間違われて警察に踏み込まれたときも、、、なんか「わくわく」してしまったのは何故でしょう?(苦笑) 感覚が麻痺していたのでしょうか?(きっとそうですね)
でもね、世界は素敵なことがいっぱいなのです。
その目線で行くと、危険なコトに、『素敵なコト』しか目に入らなくなってしまったりするのです。 若さって怖いですね。
これが道徳的に、とても危険な意見なのはわかっています。でも僕を脅した黒人のお兄さんも話してみれば僕と同じような孤独感の中でとても一生懸命生きていたし、逮捕された薬物中毒のカップルはとても愛し合っていました。(それを僕は知っているのです) 悪い事は悪いです。 それは絶対です。 間違いなく悪い事です。 でも、彼らも生きていました。僕と同じように生きていました。僕が言いたいのはそういうコトです。
もちろん若さ故の勘違いもいっぱいあったのは事実ですが、本当に素敵な事も(何処に出しても恥ずかしくない素敵なコトも)確かに存在していたのですよ。

フラメンコのタブラオの話しをします。a0199297_1252522.jpg
ピソの1階部分がフラメンコのタブラオ(フラメンコのライブハウスですね)になっていたので、夕方になると始まるのですよ。「ナニが?」人々のかけ声に縁どられた音楽と、歌と、手拍子と、床を踏み鳴らす足拍子が始まるのです。 夜半過ぎ、、時には朝方まで鳴り止む事無く、遠く近くに鳴り続けていたのです。 けれどもそれらの『音たち』は不思議な事に全く邪魔にもならないし煩いとも感じなかったのですよ。 そして、僕はそれを聞きながら作品を作っていたのです。

その作品タチの中の立体作品(のようなモノタチ)が、今回の文章の始まりから「チロリチロリ」と登場しているこの子たちなのです。
あの頃の僕の同居人ですね。
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彼らは(彼女らは)無口です。
彼らは(彼女らは)コミニュケーションとしての言葉を持たないのです。

あの頃の僕と同じようにです。彼ら(彼女ら)にとっての伝える為の表現手段は『仕草』なのです。
ほんの少しの仕草による『表情』だけだったのでした。

僕一人しか居ないのに部屋はいつでも賑やかでしたよ。

書き始めると記憶って溢れて来るものなのですね。 不思議です。 記憶の領域は不可思議です。

『ゴシック地区』での出来事は数限りなくあります。 殆どが冷静に考えると「それってどうなの?」と疑問符を付けられ添削々除されてしまいそうな事ばかりですが、、何時かきちんと書き留めておきたいな、と思います。   「何時かね」

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             スズキヨシカズ立体作品 『放浪する人々』
# by yoshikazusuzuky | 2011-03-01 23:11 | スズキヨシカズ的アート | Comments(4)
昨日のつづき、、、。

いつでもそんな(「そんな」って言い方は失礼ですよね)坑夫上がりのじいちゃんたちとばかりつるんでいたせいだろうか?

ある日、突然、84歳になったときの自分を絵に描きたくなったのです。 「なんで84歳なの?」 なんででしょうね。 「何故?」よりも何よりも馬鹿げて聞こえる話しですよね。  なんだか自分でもよくわからないけれど84歳の自分をイメージしてしまったのでした。

あくまでも『イメージ』としての『84歳』です。(あたりまえですね)
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よくインスタント食品のパッケージ写真の隅っこ辺りに小さな文字で「これはイメージです」とか「盛りつけの一例です」とかって書いてありますよね? あんな感じです。(意味不明?)あくまでイメージなのです。 意識の中の現実の、すぐ数cmとなりに存在する世界の話しなのです。(笑)

まあそれはそうですよね。

84歳どころか、この絵を描いたのが20代後半ですからね。
1年後、いや一週間後の自分をさえイメージ出来ていないのに、50年以上も先のコトなんて、、、ね? 想像の範囲を超えていますよね。 

いったい何を考えていたのでしょうか?

でもね、この絵を描いていた頃は、よく同じ夢を見ました。 夜に、睡眠(ねむり)の中に見る『夢』です。
繰り返しではないのだけれど、それらはどれも『同じ夢』(同じメッセージ性を持った夢)のように僕には思えましたね。

その夢の中には季節も時間も存在しません。 何も存在しない。 何も存在しない夢の中の僕は、もちろん年齢も(もしかしたら性別さえも)失っているのです。
僕が、僕と言う肉体を持っていたのかどうかさえも怪しかったと思う、、、。

ストーリー性を無視した脈絡のない『夢』ばかりでした。
まさに『意識の中の現実の、すぐ数cmとなりに存在する世界』で起こっている出来事を夢の中に見ている感じでした。

目ざめた時には、もう何も覚えていないのに、『夢の思惑』のようなものだけは、くっきりと、僕の中に残されているのです。(『夢の思惑』っていったい何だ?)

それは無意識の領域で秒刻みに感じ取っていた、僕自身の『自我バランスの移動』(書いていて、自分でもこの言葉の意味がわかりませんが)だったのかもしれません。 「僕は移動し続けているのです」 「僕は移動し続けていたのです、、常に」  自我が均衡と調和を求めて僕の意識の領域を移ろっているのです。
僕の中を、たくさんのモノタチが行ったり来たりしていたのです。(いまもそうなのだろうか?)

この絵は、『老いた日の、、、』と題名にうたいつつも、あの時、瞬間瞬間の、自分自身に違いなかったのだと思います。


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            スズキヨシカズ絵画作品 『老いた日の自我像』


ちょっとだけ違うカテゴリーに属するモノかもしれないけれど、僕の友人が、僕を撮ってくれた写真を添えてみます。(勝手に載せたらおこられるかな? 黙っとこう、、、)

『僕のポートレート』

この写真を撮ってくれた僕の友人の感性はいろいろなモノたちを超越しています。

この写真は間違いなく僕の肖像なのです。

ものすごく気に入っている肖像写真なのです。

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(ちなみに『風花画廊』の作家ページに掲載されている僕のポートレートも、その友人が撮ってくれたものです。(勝手に載せちゃったんだけど、、おこられるかな? 黙っとこう、、、)
# by yoshikazusuzuky | 2011-02-28 23:11 | スズキヨシカズ的アート | Comments(2)
スリアは岩塩鉱山に支えられた町でした。

岩塩と言っても食用ではなくて工業用のプラスチック、薬品などの原料として利用される『ポタッサ』と呼ばれる岩塩です。(写真は岩塩が地表に露出し水によって浸食され出来たカタチですね)a0199297_035990.jpga0199297_0344386.jpg











スリアの町の入り口と出口の丘の上には、地底数百メートルの坑道へと続く、緑色の鉄骨で組まれた大きな巻き上げ機がそびえ立ち、スリアの町を見渡しているのです。
スリアの町に生まれた子供たちは小学校の授業で必ず坑道内部の映像を見せられるのだそうです。
子供たちの父親の多くは坑夫なので、小さな頃からそうして何かを学んでゆくのでしょうが、見せられる映像は、現実の苛酷な労働を想像させないほどに美しいのだそうです。
いちど子供たちから聞かされたのは『青く透明なガラスの部屋』の話しでした。
掘り進められた坑道の四方八方全ての壁は岩塩で出来ているため、青く透明な岩塩の層を突き抜ける坑道はライトの光を何処までも吸収して坑道全体が青く輝いているのだそうです。 とにかく、それはそれは美しすぎるお伽話の世界のような映像を見せられたのだそうで、、、その話しをしている子供たちの目は、キラキラと輝いていたのでした。
そんな話しを聞いてしまった僕が坑道に降りたがらないはずはないですよね!(笑)
「降りてみる?」と声をかけてもらって即、二つ返事で緑色の巻き上げ機のエレベーターで(こ、、、怖かったです)(この段階ですでにもの凄い恐怖を味わいました!)数百メートルの地底へ、、、。 そこは! そこは『青く透明なガラスの部屋』などではありませんでした。 砂埃よろしく、塩埃が舞い視界が霞む、塩、塩、塩、塩の熱すぎる地底世界だったのでした。
坑道から出て2、3日は鼻が痛くて痛くてたまりませんでした。
防塵マスク無しでは肺が潰れてしまいますね。
そこは、お伽話の世界などではなく過酷な現実世界でした。

そんな過酷な世界で働き抜いた男の笑い顔のスケッチです。

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               スズキヨシカズ絵画作品 『笑う男』

なんて名前だったっけな? よく僕の画室に遊びにきてたナターリャって名前の娘(こ)の、じいちゃんなんだよね。 名前が出て来ない、、、。 酒やけした赤ら顔と、酒やけした喉から絞り出すようなガラガラした笑い声が印象的なじいちゃんだった。

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そうだ。
そうなのです。
僕はいつもナターリャのじいちゃんを『ナターリャのじいちゃん』と呼んでいたからね。 名前が思い出せないのではなくて、僕は『ナターリャのじいちゃん』の『名前』を知らないのかも知れないのです。(自分の記憶じゃないみたいに話すね)

『笑う男』は僕の中ではこれからも『ナターリャのじいちゃん』という名前で記憶され続けてゆくわけです、、、ずっと。

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   ある夏の夕暮れ、『ナターリャのじいちゃん』とセルベッサ(ビール)を飲みながら、、、。



                                    、、、つづく
# by yoshikazusuzuky | 2011-02-27 23:11 | スズキヨシカズ的アート | Comments(2)
今夜の僕はお出掛け中です。

何時に帰って来るのかな?

わからないので今夜のブログはおやすみです。

僕がお世話になっている福島県福島市の画廊、『風花画廊』のお祝い事です。『オメデトオメデト

風花画廊のホームペイジにジャンプしてみて下さい。 画廊主である後藤五木(ごとういつき)氏のブログはじつに贅沢に盛り沢山な海鮮丼のように味わい深いブログです。 素材の味が活きています。 (これは心のソコからの最高の褒め言葉のつもりで使わせていただいてます) ぜひご覧になって下さい。 先日、作家ページに僕のプロフィールと作品たちの写真も加えていただきました。「アリガトゴザイマシタ」

今夜の僕は、とてもとても楽しんでいます。

では、、、行ってまいります。

また明日。

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              スズキヨシカズ写真作品 『また明日、、』
# by yoshikazusuzuky | 2011-02-26 11:11 | | Comments(0)
『今日は死ぬのにもってこいの日』で、ネイティブアメリカンの詩を書き写していた時に、本当は「むくむくむく」と書きたい事があったのです。
でも、、『鉱物』の話しだったので、、ね。(苦笑)
長い長い水晶の話しを終えたばかりだったし、、「またですかあ〜」って声も聞こえてきそうだったし(どこから? 笑)、、で、「ぐぐ」っと呑み込んでしまったのでしたが、、「やっぱり書きます!」(笑)

『アパッチの涙』です。
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アメリカはアリゾナ州産出の『アパッチの涙 〜Apache Tears〜(アパッチ・ティアーズ)』と呼ばれる『黒曜石 〜Obsidian〜(オブシディアン)』です。
『黒曜石』とは、非晶質の(結晶していない)火山性天然ガラスですね。 火山活動のある場所(かつて火山活動があった場所)から産出されます。 つまりは自然の溶鉱炉で作られたガラスです。

『アパッチの涙』は「ころり」とした球塊状で産出します。
よく見かける大きさは、直径2〜3cmくらいかな。 メタリックな黒色をしたビー玉みたいな珠が、溶岩が固まって出来た白い流紋岩(りゅうもんがん)の中から顔を覗かせている姿はとても愛らしいのだけれど、その名前の由来は、けっこう重たいネイティブアメリカンの歴史でもあるのです。
お話しはこうです。
『アパッチ』はアメリカの先住民族の部族の名称です。
西部劇(今はほとんど見かけないけど、僕が子どもの頃は、よくテレビで西部劇映画をやっていた記憶があるな。小学生のころ、漫画雑誌の裏表紙に載っている通販で、「クリント・イーストウッド」や「スティーブ・マックイーン」のブロマイドとか買ってましたもの)に登場するあの『アパッチ族』です。
『アパッチ族』って勇敢な戦士の部族なんですよね。
外部世界のアメリカ人開拓者や外国からの開拓者たちから、精霊宿る神聖なる自分たちの大地を守る為に彼らは戦ったのです。
しかし、外部世界の武器ひとつをとっても『アパッチ族』にはかなうものではなかったのですね。 戦いに破れ、(もちろん命を落とした者がほとんどだったのでしょうが)生きる場所を失ったアパッチの人々の流した涙が大地に埋もれ、固まったのが『アパッチの涙』だ、、、と言われているのです。

そういう想いを頭の中においてこの石を見ると、少しだけ見え方が変わってきたりもしますよね。

黒色の不透明ガラス塊に見えますが、光に翳すと琥珀色に透き通っていることに気付きます。
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そもそも、『黒曜石(オブシディアン)』と言うと真っ黒いイメージがあるけれど、実は『煙水晶』の様な琥珀色だったり、青みがかった灰色だったり、あるいは緑色(紫外線に反応して緑色を発色します)だっり、、『虹色黒曜石』(クラックなどの粉砕面が虹色に見えるのではなくて本当に虹色なのです!)なんて言うのもあるんです。 『瑠璃(るり)』と呼ばれる空色のモノもあるけど、、本当に自然に発色したモノなのかどうか僕には確信が持てないのですが、、でも素敵に美しいです。

僕は黒曜石には思い入れの深いモノがあるのです。 それは小さな頃(小学校低学年)の頃の記憶に直結しているのですが、、とてもとても長くなるので今日は書きません。 またいつか、書く時が来たら書かせて下さい。

日本の黒曜石も載せてみたいと思います。

北海道遠軽町で採れる『十勝石』と『花十勝』です。
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『十勝石』は河流れの黒曜石で、河を流れて角が取れて小石のように丸みを帯びたものです。 でも割ってみるとご覧の通り、鋭いガラス面が現れます。

『花十勝』は黒色にマーブル模様(霜降り模様?)の様な朱色が混じったものです。

ああ、、、 『ガラス』つながりで、「チェコスロバキアのモルダバイト」とか世界各地の「テクタイト」とか、、、隕石衝突によるインパクトガラスの事も書きたくなってしまったな。 書きたくなってしまったな。(笑)
またこんど。 またこんど。

きょうは、おしまい。(微笑)


         ちなみにね、、チェコのモルダバイトはねぇ、、、こんなです。 
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                   「あのね、、隕石が衝突した時の衝撃熱で地面が溶けてね、、こしょこしょこしょこしょ」
                 ないしょばなしないしょばなし、、、  
# by yoshikazusuzuky | 2011-02-25 23:12 | 理科室の記憶 | Comments(0)
『対話』と同じ時期に描かれた『街角にて』という題名の絵です。

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              スズキヨシカズ絵画作品 『街角にて』


このお爺さんの『絵』にはモデルがいます。
スリアの商店街に買い物に出ると、2軒並んだ八百屋さんと八百屋さんのちょうど真ん中辺りの壁に寄り掛るようにして、決まってこのお爺さんが立っているんだよね。(必ず立っているのです。)
とても精悍な顔立ちのお爺さん。
『お爺さん』と呼んでいたけれど、もしかしたら『おじさん』ぐらいの年齢だったのかもしれない。(年齢不詳、国籍不詳的な感じを漂わせていましたね。)
背筋から首筋までがすっきりと伸びやかで、お爺さんが女性だったら彫刻のモデルになれそうな感じだったな。

僕はこのお爺さんの姿を見るたびに決まって一つの映像を思い浮かべました。

それは、「ネパールの山岳地帯の抜けるように蒼い空を悠々と滑空する大きな黒い鳥」の映像でした。

そのイメージから何かの記憶に繋がって場面が展開してゆくと言うわけではなくて、、ただただ一つの凍結された静止画像として、ネパールの山岳地帯の抜けるように蒼い空にシルエットを残像する大きな黒い鳥の映像を見るのでした。

ネパールの空に大きな鳥、、。 やっぱり『鷲』なのかな? イメージ的には鷲っぽいですよね。

でも、『ダフェ』はどうでしょう?  

『ダフェ』は違うか。 大きな鳥だけれど違うな。 『ダフェ』は大空を飛び巡ったりはしないだろうな。 「『ダフェ』だったら良いのにな」 、、と思っただけですから。(笑)

『ダフェ』って鳥、、知ってますか?

『ダフェ(danphe)』はネパールの国鳥です。(『ダフェ』って現地名なのかな?) 和名は『虹雉(ニジキジ)』と言います。 インドやチベット、ネパールの山岳地帯(標高2,000m以上)に棲息する大型の雉ですね。 その名前が表す通りに体羽はメタリックな虹色をしています。 首筋で「ギラギラ」と輝く朱色は、まるで爬虫類の鱗のようです。 そして頭には「ぴん」とした、孔雀のような冠を戴いているのです。(『冠羽』と言います) アレ、可愛いんですよね! 「ぴんぴんぴん」って。 寝癖みたいに可愛い。(微笑) 誰かに「くしゃくしゃくしゃ」ってされたのかな?(笑)
日本の雉の体羽も綺麗だけれど、それよりも色鮮やかな感じかな。(日本の鉱物と外国の鉱物の違いみたいに?)
たしか上野動物園の鳥類エリアで『ダフェ』を見かけた気がするのだけれど、、、記憶が定かではありません。

雉の仲間では、大空を滑空するようには飛びませんものね。

あらら? また話しが逸れてしまいました。 『ダフェ』の話題で終わってしまうなんて、、。(苦笑)

『ダフェ』の画像です。 よかったら見てみて下さい。(笑)

追伸:先日の『琥珀色の河』は、やはり『ネグロ河』だったみたいです。 Mr.『K』、仔細なレポートを有り難うございました。お手数をおかけしました。(微笑)
# by yoshikazusuzuky | 2011-02-24 23:14 | スズキヨシカズ的アート | Comments(4)
僕のスペイン暮らしで、その半分の時間を過ごした小さな町『 SURIA(スリア)』。
その町の、不揃いの石が敷き詰められた長い長い坂道の途中に建つ古い古いピソ(アパート)が僕の住処と画室だった。

写真はピソの入り口(玄関)の頭石(あたまいし)に彫られた、このピソ最初の住人の『表札』。 彫られた当時のままのオリジナルだそうです。 『1739』と言う数字と、たぶん住人の姓名(屋号なのかな?)が彫られています。 数字の『1739』は、1739年に建てられたピソだってコトですね。 今から272年前です。 272年前? 272年前がどんな時代だったかなんて想像もつきませんよね。 調べてみても(元文4年なんて言われても)「ピン」とこないので時代背景は知らないふりをします。(笑)

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「なぜいきなりこの写真を?」

「何故でしょう?」

昨日の文章に添えさせてもらったネイティブ アメリカンの『瞑想』(題名なのかな?)というフルートの演奏を聴いていたら(オーロラの写真も幻想的でしたよね)何故だか突然に、二つの映像が頭の中に浮かんできたのでした。
その一つが、僕がスリアで住んでいたピソの入り口に刻まれた年号と飾り文字。 そして、もう一つは僕がスペインから帰国する前に描いた『対話』と言う題名の、この作品でした。

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                スズキヨシカズ絵画作品 『対話』


自身の『影』と対話しているお婆さんを描いた作品です。 この絵の中に登場しているお婆さんにはモデルがいません。(たぶん何処かの街角で見かけたお婆さんなんだと思うんだけれど、、、憶えていないのです) なんとなくネイティブアメリカン的な風貌、、、と言うか絵の中にそんな雰囲気が漂っているようにも感じるけれど、、でもね、『音』で繋がっているような気がするんだ。 あの「ざらり」としたフルートの音と、この、お婆さんの絵の中に感じる音、、、。 その二つの『音』が何処かで繋がっている気がするんだよね。

これは付け足しだけれど、スリアの裏山を散歩している時に出逢ってシャッターを切った、「ざらり」としたモノタチの写真を添えてみます。
この3枚の連ねられた写真と絵から、、何と言うのかな、、僕は『時間の埃』(じかんのほこり?)のようなモノを感じるんですよ。

指先になぞると、「ざらり」とした『時間の埃』の気配を感じるのです。

「ざらり」

「ざらりとした気配」が、謎解きの鍵なのかな?(べつに謎でもなんでもないんだけど、、笑)


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              スズキヨシカズ写真作品 『風化風景』
# by yoshikazusuzuky | 2011-02-23 23:11 | スズキヨシカズ的アート | Comments(2)
長い間、わたしは君とともに生きてきた。
そして今、わたしたちは別々に行かなければならない、
一緒になるために。
恐らくわたしは風になって
君の静かな水面を曇らせるだろう、
君が自分の顔を、あまりしげしげと見ないように。a0199297_15423094.jpg
恐らくわたしは星になって
君の危なっかしい翼を導いてあげるだろう、
夜でも方角がわかるように。
恐らくわたしは火になって
君の思考をえり分けてあげるだろう、
君が諦めることのないように。
恐らくわたしは雨になって
大地の蓋(ふた)をあけるだろう、
君の種子が落ちてゆけるように。
恐らくわたしは雪になって
君の花弁を眠らせるだろう、
春になって、花開くことができるように。
恐らくわたしは小川となって
岩の上で歌を奏でるだろう、
君独りにさせないために。
恐らくわたしは新しい山になるだろう、
君にいつでも帰る家があるように。




# by yoshikazusuzuky | 2011-02-22 23:59 | | Comments(2)