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スズキヨシカズ幻燈画室

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満月ノ晩ノ蒼色幻燈会 ... 始マリ始マリ

『虹をかきまぜる為のスプーン』です.
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虹をかきまぜる為に創られた、真鍮に銀鍍金(ぎんメッキ)が施されたスプーンです。

月が昇る東の海に「ぽかり」と浮かぶ二十八夜の月のカタチをした小さな島に棲まう238歳の地霊小人の鍛冶職人が『ふた匙』だけ拵えたと言い伝えられているスプーンです。

その『ひと匙』がこの『虹をかきまぜる為のスプーン』なのです。

初めは銀色でぴかぴかに光っていたスプーンだったのですが、もうずいぶんと虹をかきまぜ続けたので、銀鍍金も落ちてしまって金色のスプーンになってしまいました。(出来上がったばかりのスプーンの、満月の光を島の湧き水に溶かして蒸着させた銀鍍金色は、それはそれは透明で冷たく温かな月の光の銀色に発光していたのでした)


虹をかきまぜるのは『ひと匙』の持ち主、『マルソ』と『シルエラ』の仕事です。


『マルソ』は人間の女の子です。
『シルエラ』は黒猫です。


雨が駆け足で通り過ぎた午後にシルエラは空から虹の匂いを嗅ぎ分け虹の立つ場所を探します。 シルエラが見つけた虹をマルソは銅色(アカガネイロ)の鍋にすくい採ります。 虹をすくい採ったらすぐにふたをします。 虹はのんびりしている様に見えても、とてもすばしっこくて、すぐに空へと逃げ出してしまうからです。 ふたはとても透明度の高い純粋な石英硝子で出来ているので鍋の中にフワフワと漂う虹を見ることが出来ます。 それはマルソが外国(とつくに)の古い本の挿絵でしか見たことのない、南の極地に現れる『オーロラ』と呼ばれる光のカーテンのように銅色の鍋の中で虹のレースが揺らめいているのでした。

すくい採ったばかりの虹は、すぐにはかきまぜることは出来ません。 虹をつかまえた日から数えてふた巡り目の満月の夜までは戸棚の奥の奥のずっと奥にしまっておきます。
そして、ふた巡り目の満月の月明かりが窓から射し込む時刻に『虹をかきまぜる為のスプーン』でかきまぜ始めるのです。

それはとてもとても大変な仕事です。

マルソは満月の光を鍋の中へと導き入れて(月明かりを道案内するのはシルエラの仕事です)、虹と月明かりをまんべんなく混ざり合うようにかきまぜ続けるのです。その作業は東の海から昇った月が西の海に沈むまで、、スプーンを持った手を休めることなくかきまぜ続けます。 シルエラは、、鍋をくるりと抱きかかえるように丸まって眠ってしまいます。でも、ただ眠っているわけではありませんよ。これもシルエラの大切な役目なのです。シルエラは鍋を温めているのです。月明かりは温かですが冷たくもあります。虹と混ぜ合わされた月明かりは不思議に反応し合って温度を下げてゆきます。冷たいままに混ざり合い蒸留してしまうと虹は結晶してくれないのです。

シルエラは自分の体温で銅色の鍋を温め続けているのです。
これもとてもとても大切な仕事です。


月がすっかり西の海に沈み、部屋を満たしていた月光が影の隙間に吸い込まれてしまうと、やっとマルソはその手を止めます。
それと同時にシルエラも目を覚まします。

a0199297_15365922.jpg『虹』は銅色(アカガネイロ)の鍋の底に薄く薄く七色の層を作って結晶してはり付いています。

マルソは鍋を持ち上げると『虹をかきまぜる為のスプーン』で銅色(アカガネイロ)の鍋の底を「コツン」と一度、たたきます。
すると、銅色(アカガネイロ)の鍋の底にはり付いた『虹の結晶』は「シャラン!」と小さく跳ね上がり、冷たい冬の朝に凍った水たまりの薄氷に足をのせた時のような鈴の音を鳴らして、細かく砕けるのでした。

それは不思議な結晶です。

マルソはこの『虹の結晶』を何に使うのでしょう? 

氷砂糖のようにお茶に入れて飲む? 甘い甘い虹色のクッキーを焼く? それとも硝子瓶に詰めて標本にして棚に飾るのでしょうか?

残念ながら『虹の結晶』の使い道についてはマルソもシルエラも何も教えてはくれませんでした。
でも、「ヒミツだよ、、」と、小さな小さな小さな声でひとつだけ教えてくれました。

マルソとシルエラはもう『ひと匙』のスプーンを持っている人の為に『虹の結晶』を作っているのだそうです。

もう『ひと匙』のスプーンは何処にあるのでしょう?

もう『ひと匙』のスプーンは何と呼ばれて何の為に使われているのでしょうか?

そして、、もう『ひと匙』のスプーンは誰が持っているのでしょうか?


、、、なんてね。

この古い銀鍍金が剥げたスプーンを手にしたら、そんな物語が僕の心の中に広がったのでした。

、、、おしまい。


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# by yoshikazusuzuky | 2011-02-05 23:11 | 記憶の欠片 | Comments(6)
「ぶるるる!」 っと身震いしてしまうようなタカラモノを見つけてしまった!

『APOLLO(アポロ)手帳』
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うう、、たまらない!!

僕が小学生だった頃の文房具屋って『宝物』を売っているお店だった。 小学校の裏門出口付近にある『駄菓子屋』と同じくらいに素敵なお店だった。 駄菓子屋はなんとなく手に入りやすい宝物を置いているお店という位置づけで考えると、文房具屋はちょっと高級で憧れてしまうような宝物を置いているお店だった。(*個人の意見です)(笑)

あの頃って『ナンとか手帳』って名前の多種多様な秘密手帳がいっぱいあった。

『スパイ手帳』なんて言うのもあったよね。 メモ用紙が水に溶けてしまったりするやつ。 たまらない感覚だったよなあ、、ああいうのって。

この『APOLLO(アポロ)手帳』もそうだけれど、、、何なんだろうか? この子どもの心をワシづかみにするかのように素敵すぎるイラストとデザインは!? 「デザイナー出てこい!」と愛をこめて叫びたくなるほどです。 弟子入りを志願したくなるくらいに、素敵な素敵な美的感覚です。 素晴らしい!(拍手!)
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だってその手帳を持っているだけで、スパイになれたり、宇宙飛行士になれたり、世界を守るヒーローになれたりするんだよ。 たった一冊の手帳で?。 うん! それってすごく素敵なコトだよね!?

「うん!」 「素敵なことだね。」


「必要だと思うな、秘密手帳。」

うん! 僕も必要だと思う。 大人になっても『秘密手帳』が必要だと思うな。


、、というわけでヒーローに憧れ、地球を守ろうとしていた頃の僕です!(笑)
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余談ですが、僕の母親は女の子が欲しかったのに男の子が生まれてしまったので、子どもの頃の僕は赤い色の服ばかり着せられていたのでした。(ひどい写真になると赤いリボンまで付けています、、うう)  でもそのせいなのかな? 僕の絵の背景に赤い色が多いのは?  怖いですね、、。 子どもの頃、無意識の領域に植え付けられる色彩感覚って、、。
# by yoshikazusuzuky | 2011-02-04 23:11 | 記憶の欠片 | Comments(0)
「これなに?」 と子供たちは訊ねる。

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「三角プリズムだよ」 そう答えても子どもたちは「ぽかり」とした顔をしていたりする。

ん?理科室にいくらでも置いてあったよね?三角プリズムって。今の小学校の理科準備室の棚に三角プリズムは置いてないのかな?

「三角プリズムってなに?」 そんな質問から『光』と『虹』についての長い長い『お話し』が始まってしまって一時間くらい平気でつぶしてしまったりする。(だめですかあ? 笑)a0199297_935152.jpg
話の途中にタイミング良く窓から日が射し込んで、壁に三角プリズムが『虹』でも出現させようものならもう大変! もうその日は『三角プリズムの一日』になってしまうのです。

子どもの頃、何かの本の中で(それとも誰かから聞いた話の中だったかな?)『光がなければ色は存在しない』と言う文章(言葉)があって、その時は「そんなのあたりまえじゃん!」と単純に思ったけれど「当たり前」ではないんだよね、、、という事を理科室の三角プリズムが教えてくれたんだったな、と『三角プリズムの虹』を見る度に確認するのです。

そう、「当たり前のコトなんて一つも存在しないんだよね」

光はスペクトル分解されていろいろな場所に虹を出現させる。

雨上がりの空とか、満月の夜空にだとか、鉱物の中にだとか、ヒトの瞳の中にだとか、、、水たまりに広がったガソリンの皮膜にさえ、『光(ヒカリ)』は綺麗な綺麗な虹を作って見せてくれる。(ガソリンの虹にプリズム効果は関係ないのか?)

『光(ヒカリ)』。

僕は、『光(ヒカリ)』と、それを構成する『モノタチ』に、強く想いを馳せてみる。

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# by yoshikazusuzuky | 2011-02-03 23:11 | 理科室の記憶 | Comments(0)
ホウ酸塩鉱物に属する『ウレキサイト 〜ulexite〜』と言う鉱物がある。

和名は曹灰硼石(そうかいほうせき)。 『テレビ石』と言う呼び名だと少しだけ親しみがあるかもしれない。 博物館などのお土産物屋さん(この『など』はいろんな場所の多種多様のお土産物屋さんをふくみますね)で磨きをかけて着色された『テレビ石』をよく見かける。(見かけないですか?)

ウレキサイトは透明繊維状結晶を束ねた構造になっていて、その繊維状結晶を断ち切る様にスライスしたウレキサイトを平面状の文字や画像の上にのせると、文字や画像をそのまま上面へと伝達する。 これがテレビ石と言われる所以で、、つまりは光ファイバーと同じ原理だ。(光ファイバーの方がウレキサイトと同じ原理ですね)

子どもの頃にこの石に出会うと、けっこう夢中になるんだよね。
面白くていろいろなモノの上にウレキサイトをのせてみたくなる。


カラー写真を自分でプリント出来るようになって(今までは暗室に籠ってのモノクロプリントしか出来なかったからね)ちょっと試してみたいコトがあった。
上手く文章では説明出来ないのだけれど、撮影とプリントの過程でウレキサイトを使用する。

透明な繊維状結晶と言っても、やはりそれは自然の中に誕生したモノなので全ての石に素敵な個体差が在る。 それぞれの石がそれぞれに面白い表情を見せてくれるのではないだろうか、、、とね。

そして実験的に作ってみたのがこれらの写真、、。

1、2枚目は天然ウレキサイトを使用。 3枚目は人工結晶のウレキサイトを使ってみました。

僕の中の誰かが、、「これは面白そうだぞ面白そうだぞ」、、とニヤニヤしながら言っています。


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# by yoshikazusuzuky | 2011-02-02 23:11 | スズキヨシカズ的アート | Comments(0)
深く深く乳白色の霧が立ちこめる風景に目を凝らしたなら何が見えるのだろう?

霧を構成する乳白色に細かな細かな水滴の水晶体は、いつしか僕の目に同化して、僕に様々な映像を伝えてくる。 それが霧の中に在るモノなのか、あるいは霧が見せる幻影なのか、僕に識別する事は困難だ。


ずっとずっと前だけれど、夜の始まる時刻に僕は山道に車を走らせていて、濃い霧の中、道を見失った事がある。

「怖かったな、、」

「ほんとうに怖かった。」 すべてが真っ白に閉ざされた世界なんだ。

車をゆっくりと前進させると濃い霧に阻まれてほとんど目の前数メートルしか照らせないヘッドライトの輪の中で、まさに『乳白色に細かな細かな水滴たち』が渦を描きながら、、まるでその一粒一粒が意思を持った『蟲』であるかのように蠢いている様は、異次元への入り口の様にも見えて、僕は何度もためらってはブレーキを踏んだよ。
「これ以上、動いてはいけない。」 そう思って車をその場に(何処に居るのかもわからないけど)停めても、車を取り囲んでいる白い霧の存在は重たかった。 怖くてヘッドライトを消す事なんて出来なかったもの、、。

時間の感覚まで失いかけていた僕には永い永い時間に感じたけれど、2、30分間の出来事だったのだろうと思う。 僕は二つの映像を見たんだ。(見せられた、、?)

一つは『黒猫』の映像。
僕が飼っている黒猫が突然ライトの中に現れ、一度こちらを振り返ってからゆっくりと霧の中に消えて行った。 これは幻影だったと思う。 でも結果から言うと、霧が晴れてきた時、その黒猫の消えて行った方向に帰り道が続いていたのだからただの『幻』とは言い切れないのかもしれないが。

もう一つは『ヤマユリ』。
これは現実の映像だ。 これも霧が晴れた後でわかった事だけれど、僕が車を停めていた場所はヤマユリの花に囲まれていたのだ。 でもその時、白い霧のフィルターを透した様に現れたヤマユリの花や葉の輪郭だとか色だとかは、とても現実世界の映像とは思えないほどの美しさを感じたな。


『la planta』と題名の付いた植物写真のシリーズは、そんな現実世界と非現実的な世界との狭間を写し撮りたいな、、、との想いを込めて撮っている写真たちです。

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               スズキヨシカズ写真作品 『la planta 7』
# by yoshikazusuzuky | 2011-02-01 23:47 | スズキヨシカズ的アート | Comments(0)
野町和嘉(ノマチカズヨシ)さんの写真を見た。

僕が見たのは『サハラ、砂漠の画廊』〜タッシリ・ナジェール古代岩壁画〜 と言う写真集の中の写真。 アルジェリアはサハラ砂漠の山脈地帯「タッシリ・ナジェール」に残る先史新石器時代の岩絵群をテーマにした写真だった。

凄かった。

写真作品としての風景の切り取り方はもちろんだけれど、やはり被写体たる岩絵は、まさに野町さんの使う言葉通り『異次元の大地』から発せられた鮮明な未知の画像のようで、、とにかく圧倒的な存在感だった。

「絵を描こう」 初めにそう思ったのは誰だったのだろう?

大地に生きるモノタチを『描こう』と誰が初めに思ったのだろうか?

「凄いな」 と写真の中の岩絵を見ながら思った。

『線』が息づいている。

『線』が、描かれている動物たちを生かしている。(岩という平面世界に動物たちを再び誕生させているんだ)

「凄いな」

「その場にいたかったな」 と思った。

誰かが言ったんだよ。 「俺、、あのキリンをあの岩に描いて来るわ、、」ってね。(その場に居合わせた人々は何と言ったんだろう?) (岩壁に絵を描き始めたヒトを、、そして描き上がったキリンの絵を見てどう思ったんだろう?)

「凄いコトだ」 


写真の一部は『野町和嘉』さんのホームページでも見れます。
http://www.nomachi.com/
キリンたちを目撃して下さい!


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             スズキヨシカズ絵画作品 色の在る線(1)

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             スズキヨシカズ絵画作品 色の在る線(2)

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             スズキヨシカズ絵画作品 色の在る線(3)




 
# by yoshikazusuzuky | 2011-01-31 23:11 | スズキヨシカズ的アート | Comments(0)
高熱線照射は天空の中心から大地の中心へと真っ直ぐに振り下ろされる金色の光柱だ。

高熱線照射にさらされ純白の灰と化した大地の中心に僕は生まれた。

すべてが焼き尽くされた僕の足もとの純白の灰の中にはすでに、生まれたての火蛋白石の熱く冷たい光蟲たちが「ちらちら、、ちらちら、、」遊色を発しながら新たな棲家を求めて忙し気に動き回っているのが見えた。
僕の立つ円形の照射中心点以外の場所は生命力に溢れた緑柱石色の草海原が広がっている。(火蛋白石の熱く冷たい光蟲たちは草海原には棲めないらしい、、)

僕は高熱線照射中心点からの一歩を踏み出せずにいた。

この場所に留まり、再び時が満ちればまた、あの高熱の照射にさらされる事はわかっている。(その事は火蛋白石の熱く冷たい光蟲たちにもわかっている) 高熱照射にさらされれば僕のこの肉体は焼かれ、その存在は消し去られる。(火蛋白石の熱く冷たい光蟲たちもいなくなる)

僕は高熱線照射中心点からの一歩を、ずっとずっと長い間、踏み出せぬままこの場所に留まり続けていたんだ。(火蛋白石の熱く冷たい光蟲たちがどうしたいのかはわからない)

『満ちる時』に法則は存在せず、いつでも僕の肉体と火蛋白石の熱く冷たい光蟲たちは唐突に焼き尽くされる。

でも、、いつのまにか僕は、高熱線照射にさらされ純白の灰と化した大地の中心に立っているんだよ。
そして、僕の足もとの純白の灰の中には火蛋白石の熱く冷たい光蟲たちが「ちらちら、、ちらちら、、」「ちらちら、、ちらちら、、」と遊色を発しながら忙し気に動き回っているんだ。

僕はこの場所が気に入っているわけではない。
ただ純白の灰の中からの一歩を踏み出せずにいるだけなんだよ。


また、、時が満ちる。

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# by yoshikazusuzuky | 2011-01-31 00:00 | スズキヨシカズ的アート | Comments(0)
『スズキヨシカズ』が『スズキヨシカズ』の名前でブログを描き始めて2週間が経ちました。

言葉やイメージが次々に溢れ出て止まらなくて、、、(笑)

ちょっと飛ばし過ぎですね。

息が続かなくなったら大変なので、ちょうど今日は日曜日だし『スズキヨシカズ幻燈画室』、お休みです。

この2週間、なんだかびっくりするくらいにたくさんの人が遊びに来てくれて僕の文章を読んでくれてて、、、とてもとても感謝です。

これからもよろしくお願いします。

では、また明日。(明日も書くんだね 笑)

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# by yoshikazusuzuky | 2011-01-30 11:08 | Comments(2)
『月光房』を包み込む自然の中のモノタチが色づけてくれた画用紙に『理科室のシリーズ』は生まれた。

『月光房』の裏の雑木林に吊り下げられた色とりどりの画用紙たち。 『自然』という風景の中にはとけ込めないヒトが作った色彩だ。
絵の下地を作っていると思う事がある。
どんなにたくさんの色を混ぜ合わせ、風化したように古めかしい色を作っても(イメージに限りなく近い色が作れたとしても)そこには計算された今の時間しか存在しない。 偶然が風味を加えてくれる事もあるが、それはほんとうに微々たるものだったりする。
自然の中に(僕の言う自然とは自然の中に在るすべての要因のコトです)起こり得る偶然にかなうわけはないのだ。 「ならば、、、」 と思った。 「ならば僕には起こせない残り70%の奇跡を自然の中のモノタチにお願いしてみよう」 、、と思ったんだ。

天候は毎日変わるし季節は巡り太陽の通り道もかわる。 月は満ち欠けを繰り返し月光は気まぐで、星明かりは樹々の葉を照らすだけで精一杯だ。 強い風に吹き飛ばされた画用紙を探して雑木林を彷徨う。(「彷徨う」は大袈裟だな) 千切れた画用紙を拾い集め、雪に埋もれた画用紙を掘り起こす。 あきらかに小動物の爪痕の残るものも在った。(熊もでたし、、)

そうして自然は、僕よりはるかに有効に『時間』を使い、画用紙に何かを吹き込んでくれた。

鮮やかな色が落ち着き、まるで『夜(ヨル)』と言う名の魔人を具現化したようなとりどりの『蒼(あお)い紙』を使って描いたのが『ブブ』と言う名前の犬がモデルの『俄雨(にわかあめ)』という作品だった。
「描いた」と言う言葉を使ったが(確かに「描いた」のだが)実は、僕は紙の中に現れていたシミをなぞって象っただけなのだ。 『蒼(あお)い紙』に浮かび上がっていたシミが『ブブの顔』に見えただけだったのだ。

(ではもう一度、素敵犬ブブの『俄雨(にわかあめ)』をどうぞ、、、。)

(綺麗な『蒼』だよね。)

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                      理科室のシリーズが生まれた日(2)に続く、、、
# by yoshikazusuzuky | 2011-01-29 18:11 | スズキヨシカズ的アート | Comments(0)
、、、理科室のシリーズが生まれた日(1)からの続き


「暖色系に染めた画用紙たちの色変はもっと劇的だった。」

何と言えば良いのだろう、、。
その色は僕に風化した人工物の在る風景を連想させた。

『廃墟』、、とは別なのだ。
『廃墟』ではない。 それは、『ヒトが作ったモノ』に込められた、魂が風化した風景なんだ。

だから僕は、それらの紙には何も描かないつもりだった。(「描けない」と思った。)

でもね、そこで自然は僕に小さな悪戯を仕掛けていた。
紙を部屋に持ち帰り、床に並べている時にソレを見つけた。
一枚の紙に目を凝らす。 紙にね、雨蛙が一匹とまっていた。 雨蛙が一匹とまって、紙の色に極限まで同化していたんだよ。a0199297_15183344.jpg

蛙は生きているんだ。

ただじっと目を閉じて、紙になりきろうとしていた。

その時、僕の中の風景が一変した。

今まで『風化した人工物の在る風景』に見えていたモノの中に『知識』と言う言葉が加わったんだ。
紙の中に、ヒトの知識の、、、『化石化した知識の断片たち』が浮かび上がっていた。

僕は愛用する図鑑の中の文字を切り抜き繋ぎ合わせて文章を作った。
紙の中に存在するであろうと思われる図版も抜き出した。
それからそれらの文字や図版のインクを溶かし、紙に擦り付けて転写をした。(だから『理科室のシリーズ』の文字は鏡の中の様に左右が逆なのです)

そして最後に、いつからそこにいたのか想像もつかないが、、、たぶん彼(あるいは彼女)にしたら想像もつかぬほどの蛙時間を紙の上で過ごしたであろう、、、「雨蛙」に敬意を表して様々な蛙を描き『理科室のシリーズ』を完成させた。

『理科室のシリーズ』始まりのお話しでした。

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    (スズキヨシカズ絵画作品 『理科室のシリーズ最終章』 〜 百舌鳥(もず)が来る 〜 )
# by yoshikazusuzuky | 2011-01-29 18:11 | スズキヨシカズ的アート | Comments(0)
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           スズキヨシカズ絵画作品 『理科室のシリーズ 3. 4. 』
# by yoshikazusuzuky | 2011-01-29 00:16 | スズキヨシカズ的アート | Comments(0)
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           スズキヨシカズ絵画作品 『理科室のシリーズ 1. 2.』
# by yoshikazusuzuky | 2011-01-29 00:15 | スズキヨシカズ的アート | Comments(0)
僕が目覚めたとき雨はもう止んでいた。

空を埋め尽くしていた黒雲母の隙間から、水晶に閉じ込められた金紅石(きんこうせき)の細い管が、僕の横たわる柔らかな草の上にも降り注ぎ始めていた。

どれくらいの時間、僕はこの場所に横たわっていたのだろう。
僕が眠っている間にも雨は降り続いていた筈なのに、、不思議と僕の体は濡れてはいなかった。
温かく濡れる草の上に掌を押しあて、僕は体を起こした。(掌の下からは柔らかく、雨を含んだ土の匂いがした。)

僕は森の中の窪地にいた。

緑色の樹々の葉から地面へと落ちる水滴はみな、金紅石(きんこうせき)を宿し、地面に到達してはじけると、一つ一つが小さな虹の遊色を踊らせた。

僕は雨上がりのそんな光景をただ静かに眺めていた。

なぜ自分がここにいるのかなんてわからない。
もし誰かが「ふっ」と現れて、僕がここにいる理由を説明してくれたとしても、、僕は興味を持って聞かないだろうと思う。 理由の必要ない事がたくさん存在している。 僕がここにいるのも、そんな事柄の一つなんだろうと思う。

「蛋白石の中に遊色が存在するように、、?」
「金紅石(きんこうせき)のなかに太陽の管が存在するように、、?」

いや、、(微笑) そんなに素敵な事ではないかもしれないけどね。(微笑)

でも、、僕はここにいるんだ。

白雲母色の空を見上げて、
もう一度、雨が降り始めるのを待っているんだよ。

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               スズキヨシカズ写真作品 『ひとり』
# by yoshikazusuzuky | 2011-01-29 00:00 | スズキヨシカズ的アート | Comments(0)
誰もいない忘れ去られた場所に射し込む光が

すべてのモノタチの輪郭線を蛋白石の虹色に滲ませて、

誰もいない忘れ去られた空間へと拡散させる。

誰もいない忘れ去られた場所に時間(とき)が刻まれる事はない。

誰もいない忘れ去られた空間に射す光の柱はたゆたうことの無い細かな細かな塵の結晶で構成されている。 「光ノ柱ニ触レテハイケナイ」 「光ノ柱ニ触レタ者ハミナ光ノ柱ノ標本瓶ヘト摂リ込マレテシマウカラ」 「光ノ柱ニ触レテハイケナイヨ」

誰もいない忘れ去られた場所に射し込む光が

すべてのモノタチの輪郭線を蛋白石の虹色に滲ませて、

誰もいない忘れ去られた空間へと拡散させる。

誰もいない忘れ去られた場所に時間(とき)が刻まれる事はない。


「誰モイナイ忘レ去ラレタ場所ニ刻マレルノハ誰カノ肉体ト誰カノ記憶ダケ、、、」




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               スズキヨシカズ写真作品 『ヒカリ』



 
# by yoshikazusuzuky | 2011-01-28 16:01 | スズキヨシカズ的アート | Comments(0)
君はずっとそこにいたのかい?

それとも、、、
それとも君は突然に僕の目の前に現れたのかな?

「わからないな、、。」

「うん、わからないよね。」

君がずっとそこにいたのかそれとも突然現れたのかなんてほんとうは問題じゃないんだよ。

君はいまそこにいる。

(君はいまそこにいてくれる)

「眩しいね、、。」

「うん、眩しい。」


逆光線の中にふたりだけ、、、。


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                            スズキヨシカズ写真作品 『逆光線』
# by yoshikazusuzuky | 2011-01-28 00:00 | スズキヨシカズ的アート | Comments(0)