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スズキヨシカズ幻燈画室

suzuky.exblog.jp

満月ノ晩ノ蒼色幻燈会 ... 始マリ始マリ

「クプクプクプ、、、」

ゆらゆら石小僧(いしこぞう)は水の底。
蒼い蒼い水の底。

「クプクプクプクプ、、、」

ゆらゆら石小僧(いしこぞう)が笑っているよ。
水晶の角を揺らめかせ、、
縞瑪瑙の目玉をぐるりとさせて。

「クプクプクプクプ、、クプククク」

石小僧(いしこぞう)、、
笑っているね?
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(スズキヨシカズ立体作品 『石小僧(いしこぞう)』)
# by yoshikazusuzuky | 2011-01-18 23:17 | スズキヨシカズ的アート | Comments(0)
森の中に迷うと気配を感じる。
視線、、とまでは言えないような、微かな微かな気配を感じるんだ。

「森の人だよ、、」

誰かが僕の耳もとに呟く。

夕陽鳥は僕の肩に、、、。
「カタカタカタ、、」 そのクチバシを僕の耳もとで愉快気にふるわせて笑う。

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(スズキヨシカズ立体作品 『森の人』)

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(スズキヨシカズ立体作品 『夕陽鳥』)
# by yoshikazusuzuky | 2011-01-18 23:03 | スズキヨシカズ的アート | Comments(0)
何百年、、?
何千年、、、?
永い永い時間(とき)を、地中深くに埋もれて過ごした(埋められて過ごした)、
ヒトの痕跡、
文明の残骸たち。
そのモノタチが静かに息を吹き返すとき、、、
そこにはまた新たな始まりの物語が生まれる。
静寂に縁どられた、言葉を持たぬ物語が、、、。

「カチ、、、カチ

、、、ポロン、、、カチチ、、、」

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                  (スズキヨシカズ立体作品 『未来から来たロボット』)
# by yoshikazusuzuky | 2011-01-18 21:00 | スズキヨシカズ的アート | Comments(0)
2年前、、だったかな?
ダメだ、ただせさえ記憶を失い始めてるんだ、ちゃんと思い出そう、、。 あれは、、2009年の11月14日、宮城県仙台市のライブハウス『唄屋』。『唄旅 2009』というツアーだった。
『小山卓治』を聴きに行った。
小山卓治、高橋研、鎌田ひろゆき、3人でのツアーだった。

『小山卓治』

東京時代、、(スペインに暮らしていた時も、、)いつも卓治の曲が流れていた気がする。卓治の曲が溶け込んだ空気を呼吸して日々を過ごしていたような気がする。

でも、ライブで聴いたのは二度だけ。
一度目はスペインに旅立った年、1986年。
6月27日、友達と二人(その友達がスペイン行きの餞別に卓治のライブチケットとギターをくれた)東京の日本青年会館で、『On The Move '86』と言うライブだった。
そして、二度目が二年前の仙台。

何と言うか、、、卓治、良いです。

『小山卓治』の楽曲は『小山卓治』しか連想させないところが好きなのかなあ?



# by yoshikazusuzuky | 2011-01-18 17:32 | | Comments(0)
何の根拠もない個人的な見解なのだけれど、
『柴田淳』の楽曲を聴くと、とてもヒト恋しくなる。
『村上春樹』の文章を読んだときも同様の(村上春樹の場合は「とても」が三つ付くくらいに、、)ヒト恋しさを感じる。
何故なんでしょうね?

僕は、音楽にしても文学にしてもとても守備範囲が狭くて「聴かない」「読まない」ことがほとんどなのだけれど、柴田淳は聴くし、村上春樹は読む。
あと、聴いたり読んだり出来るのは『鬼束ちひろ』と『小山卓治』と『宮沢賢治』くらいのものだ。

(笑、、、 すごい!)

( なんの脈絡も感じられない。)

                                  (表面的には、、だけど)

鬼束ちひろや小山卓治を聴いてもヒト恋しくはならないし、宮沢賢治を読んでもそうはならない。

そもそも「ヒト恋しい」という感情って何なんだろうと思う?
『悲しい』とは違います。『寂しい』、、に近いのかな?

柴田淳の「ちいさなぼくへ」はとても良い曲だ。PVで観ると(聴くと)なお良くて、何度も何度も観てしまう。(アップしてあるPVぜひ観てみて下さい)
たぶん、『記憶』と関係しているんだろうと推測する。
PVの映像を観ていても頭の中には別な、、小さかった頃の映像が浮かんでいたりする。
今日、「ちいさなぼくへ」を観ていて頭に浮かんでいたのは『ザリガニ釣りの沼』だった。その沼の脇に切り通しの崖があった。いま見ると急勾配でもなんでもない土手とも呼べるような崖なのだけれど、、、。
小学校の低学年の時、その崖を上っていて真ん中辺りで立ち往生(上り往生?)して、、、『誰もいない山の中のザリガニ釣りの沼の脇の崖の途中で2時間くらい(実際には、たぶん30分ぐらいだったのだろうけれど、記憶の中では2時間にも3時間にも感じている)泣いている僕、、』の映像が浮かんで来たのでした。

(笑)

あれ? ヒト恋しさでもなんでもないじゃないか!
(別な意味でのヒト恋しさでしたね、、微笑)
# by yoshikazusuzuky | 2011-01-18 15:25 | 記憶の欠片 | Comments(3)

# by yoshikazusuzuky | 2011-01-18 14:33 | | Comments(0)

# by yoshikazusuzuky | 2011-01-18 12:22 | | Comments(0)
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    (スズキヨシカズ絵画作品 『道標(みちしるべ)』〜「夜」あるいは「ヨル」〜 )


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     (スズキヨシカズ絵画作品 『二人(ふたり)』 〜君にしかわからない歌〜 )


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    (スズキヨシカズ絵画作品 『体温』〜「水底(みなそこ)」あるいは「夜明け頃」〜 )
# by yoshikazusuzuky | 2011-01-18 01:07 | スズキヨシカズ的アート | Comments(2)
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上野動物園が好きだ.
電車の時間まで間があるときは上野動物園に入る。
「上野動物園が好きだ、、」と言っても、動物園に棲む全ての動物たちを見て歩くわけではなくて、たいがいは入り口からすぐの所、、象の所で引っかかってしまう。
そして、そこから先には進めなくなってしまって動物園滞在時間のほとんどを象の前で過ごすことになる。
1時間でも、2時間でも、、象を見ていると飽きることはない。

「やさしいんだよね、、」
「そのまなざしはかぎりなくやさしいんだよ」

上野動物園の象たちを描いてみた。

上野動物園の象たちからもらった物語を描いてみた、、、。
# by yoshikazusuzuky | 2011-01-18 00:56 | 記憶の欠片 | Comments(0)
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パト、、と言います。
我が愛猫、黒猫パトです。
真っ白な雪の中では、パトが隠れることの出来る場所はどこにも見つかりません。
まっ、、 そんなこと、パトは全く気にしていませんけどね。(微笑)
# by yoshikazusuzuky | 2011-01-17 23:48 | 記憶の欠片 | Comments(0)
スペインに渡ってバルセロナのホテルでいちばん初めに描いた絵は自我像だった。

始まりの僕は、19歳だった。

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            (スズキヨシカズ絵画作品 『19歳の自我像』 )
# by yoshikazusuzuky | 2011-01-17 17:25 | スズキヨシカズ的アート | Comments(1)
蝉のカタチは不思議だ。

幼稚園生の頃、夏の明け方、近くの高等学校の校庭のすみで初めて蝉の羽化を見た。
カタチを持たない透明な命が実体化して行く過程は、まるでSF映画のようだった。
それ以来、蝉を見ると何故だか宇宙空間を航行する船(宇宙船)のイメージが浮かんで来るんだ。

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(スズキヨシカズ絵画作品 『錆びついた空間(そら)』〜星の船〜 )
# by yoshikazusuzuky | 2011-01-17 16:40 | スズキヨシカズ的アート | Comments(1)
山の中のアトリエで2年間、作品づくりをしていた。

その建物の為に切り開かれたその場所は、とても特別な場所に思えて、、、「ここで絵を描かない?」と言われた時、後先考えずに承諾してしまった。それくらいに魅力的な場所だった。
朝に夕に、様々な動物たちや正体のわからないモノタチの声がしていた。
夜には月や星や、天空のモノタチがその建物の真上を巡って行った。
僕はその建物に『月光房』と名前をつけた。
不思議なことで、「何故?」と訊かれても説明することは出来ないのだけれど、僕が名前をつけた瞬間からその建物との親密さが増した。

僕が先ずしたことは、建物の裏の雑木林の、樹々の間にロープを張り巡らせて色とりどりに染めた100枚の画用紙を洗濯バサミでとめることだった。その画用紙たちは、そのままその場所で風や雨や雪や太陽の光や月明かりにさらされ続けた。

そして1年の後、、、
僕は、人ではないモノタチが作ってくれた画用紙をつかって作品を作った。
風や雨や雪や太陽の光や月明かりたちは画用紙の中に留められていた。
風や雨や雪や太陽の光や月明かりたちの記憶もまた、その中に在るように思えた。

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                 (スズキヨシカズ絵画作品『俄雨(にわかあめ)』〜ブブ〜)
# by yoshikazusuzuky | 2011-01-17 11:47 | スズキヨシカズ的アート | Comments(0)
幼稚園で子供たちに絵本を読んであげたのが始まりだった。
(なんだったっけ?絵本の題名。『月』を目指して旅をする男の子の話、、、。)
それがきっかけで、あちこちの小学校や幼稚園を巡るようになった。
絵画作品や立体作品、鉱物の標本や化石標本、僕の画室に転がっている様々に不思議なモノタチ、、、それらを組み合わせて体育館や教室、遊び場を全く別な空間に変えてしまう。
『不思議の博物館』と言う題名の展覧会たち。
お話しも(自作の物語も)語るようになった。

命のカタチ、、、。
この子たちは『未来から来たロボット』。

遥か遥かな時間の彼方、この惑星(ほし)の住人となるロボットたちだ。
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                    (スズキヨシカズ立体作品『未来から来たロボット』)
# by yoshikazusuzuky | 2011-01-17 10:48 | スズキヨシカズ的アート | Comments(0)
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               (スズキヨシカズ写真+絵画作品『モンセ肖像』〜黴の花〜)
# by yoshikazusuzuky | 2011-01-17 01:05 | スズキヨシカズ的アート | Comments(0)