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スズキヨシカズ幻燈画室

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満月ノ晩ノ蒼色幻燈会 ... 始マリ始マリ

2018年 08月 16日 ( 1 )

生まれた時から
家には仏壇があって、
毎朝祖母がご飯とお茶とお線香を手向けて
経を唱えていたし、家族がお寺さんと
とても近いお付き合いをしているのを
見て育ちました。


それは日常の光景でした。


仏壇やお寺が
「特別(特殊?)なモノである」
と言われると
困惑してしまいます

それはただ単に育って来た環境の違い
であるだけなのですが、
子どもの頃からすり込まれ
それが当たり前だと感じてきた何かについて
否定から入られると、
とてもとても困惑してしまいます



お盆が来る度に
人間関係の溝が深まり
人と人とが隔てられてゆくようで
、、

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閻魔さまのお使いの子鬼かな?



とても複雑な気持ちに
なります。(いまもまだ続く脅迫の電話や誹謗中傷の手紙などの
嫌な出来事が始まる切っ掛けになった事件が起こったのも
ちょうど昨年の8月15日
お盆ごろのコト
でした)


もちろん誰も間違ってはいないのです。(そうだれもまちがっていない)


ただ、
「死」は「生」の終い
ではない
、と言うコト
です

亡くなった人が残したモノは
生きている人に
引き継がれてゆくからです。



僕の家族(僕までの家族)
が、みんな亡くなり
いなくなってしまった
いま、

お盆が巡って来る度に
僕は、

亡くなった父や母や
祖父や祖母や叔父や叔母たち
先祖代々の御霊に
たいして、

何一つちゃんと引き継げていなくて
ちゃんと出来ていないコトが、
申し訳なくてたまらなくなって
泣きたいほどの気持ちになるの
です。



これは今の僕だけのコト
では
なくて
、、

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僕の次に何かを引き継ぐコト
になるであろう
我が息子、
夢人に繋がってゆく話
です。



考えて仕舞います。


考え込んで仕舞います。




明日からはまた
夏休みの教室に戻ります



明日はお昼休みに
送り火を焚こう
と思います。





(微笑)





by yoshikazusuzuky | 2018-08-16 00:00 | 記憶の欠片 | Comments(0)